★2024年9月30日更新 手書きとタイピングの違いとは?~インプットとアウトプットの関係【紙上講座・手書きのよさ】

【ブログ新規追加852回】

ペンを使ってノートに書く・・・この行為はわたしにとって最も重要なもの。

一方で、PCを使い仕事をこなすことやブログを執筆することも同様に大事なことなのだ。

紙に書くのもキーボードでタイピングすることも同じ「書く作業」だが、この二つはまるで影と陽向のように異なり、またセットでひとつという感覚がある。

呼吸に例えると、ペンで紙に取るメモは「吸う」だと思う。とにかく入れたい!入れたい!の連続だから。

意外にも、そこいらの紙に書いた大事なメモが結構溜まってしまうんだ(笑)

そして、PCで書く文章は、絶対に「吐き出す」ものだね。

必死で取った忘れたくない言葉やちょっとした気づきを文章に認める作業そのものが、息を吐き出し続けているように感じるのだ。

ペンを使って書く作業は文字通りインプット(入れる)だ。

あっ!いい言葉を見つけた!とか授かった!と感じた時に数秒でその風を捉えることができたら上出来でしょ?

だって、そのままにしておいたら、完全に忘れてしまうものだから、メモを取ることって瞬間を切り取る重要な作業だと、つくづく思う。

手を動かしてメモを取る。すると、頭じゃなく身体で記憶できる。要するに記憶が定着するんだ。

だから、書くこと自体に最大の意味があり、書いたものはそのまま捨ててしまうなんてことも多いよ。

かの、宮沢賢治の「雨にもマケズ」は、小さな紙きれに書かれたメモだったのは有名な話。

賢治はこうやって、メモを大量に書いては捨てていたんだろう。

どんなメモがあったのか、ポケットの謎を知りたい。

すべてをアウトプットするのではなく、何かに導かれたかのように見つかる宮沢賢治の詩。

また、イタリアには田舎の小さな村にレオナルド・ダヴィンチの描いた小さな壁画が見られる教会があるそうだ。

偉大な人たちが残した小さな功績を探しに行く旅がしたくなった。

賢治もダヴィンチも書いた(描いた)瞬間に頭と身体が記憶しちゃってるんだろうから、残すことに深い意味を持たなくなったんだろうね。

天才だけが持つ感覚ではなく、人間の記憶の経路を最短で利用した例だ。

だから、書き留めた紙きれも教会の壁もいわば保険のようなもの(笑)

どうしても思い出せない時に戻る場所だ。なくなっちゃったら、それはそれでノーカウント。

いやはや、すごいな。

わたしなどは、必死で書き留めてからPCで文字に起こすんだから、完全にそれはアウトプット作業だ。

キーボードを打ちながら、頭の中にある知識や情報、感情などを再構築して、言葉を紡いでいる。

手で書いたメモが生きるのは、一瞬でつかんだいい言葉が自分なりの表現で落とし込めることなんだろう。

ブログを毎日書くのは、入れたら出すという、自然の原理に基づくものなのだ。

せっかくのいい言葉も知識や情報も出さなければ詰まってしまうじゃない!

メモを取ること(入れる)と、タイピングする(出す準備)とは、いわば知識の呼吸ってことかな。

常に新しく新陳代謝を続けるブログでありたいとささやかに願う。

「今、ここに生きているわたし」を表現することに没頭できる間は賢治やダヴィンチの心情に近づけるかも?(笑)

~ささいなことでも手書きで書く~

では、また。

★2025年9月26日更新 時間の使い方で人生を変える~簡単で効果抜群な方法をひとつ🎶【紙上講座・効率よく記憶する】

【ブログ新規追加848回】

(2冊の同じ手帳。1冊は普通に使い、もう1冊は「やったことメモ」を書き出す手帳)

                  ★

「すべての人に平等に与えられているもの」

それは「時間」だ。

平等にと言えば、確かにその通りであり、その時間をどのように使うか?

これまた自由だし、人それぞれ。

一日を目いっぱい忙しく過ごすことで充実感を覚える人もいるだろうし(まさにわたし・笑)一方で、のんびりと時間に縛られずに過ごすことこそ人生の醍醐味だと感じる人もいるだろう。

まあ、適度にやりがいのある何かに関わり、自由な時間もある程度確保できる・・・こんなのが理想じゃないかな?

20代の終わり頃から30代は「仕事と家事、育児に追いかけられている!」と、感じて強度のストレスにまみれっぱなしだったわ。

「ど~して、わたしばっかり忙しくしてなくちゃならないわけ?!」と、怒りの矢を自分に向けて放っていたなあ(笑)

要するに被害妄想がひどくて、強いお酒で憂さを晴らしていたような。

それでも、ある日のこと、なぜだか急に「自分の思考がおかしな状態になっていることに気がついた」わけ。

そして、自分だけが、ネズミのくるくるみたいに途切れなくモノゴトに取り組んでいる状態はあってはならない!と、を時間管理することにしてみたの。

時間管理=時間割を組んでみたってわけ。小学生みたいに。

しかし、ちっとも時間通りに行きやしない。わたしの夫や母なんか「もっと余裕のある時間配分で約束して!だいたい遅れるのだもの!」とか、怒るんだよ。

それだけ従事することがらが多かったんだもの。無理はない。 今でも軽い時間割を立てて毎日を過ごしている。(だいたいは頭の中で時間割を立ててる)

当時、家族の予定や他にもいろいろ関わっていることがらが多く、時間内に終わらないことばかりだったから、時間にものごとを当てはめるだけじゃなくて、一日の終わりに全部書き出してみる方法をある書籍から学んだ。

それがねえ・・・笑っちゃうんだけど、何をやっていたのか?忘れてしまうというか思い出せない時間があったりする。きっと、どーでもいい細切れの時間のことは書き出す必要がない!と、勝手に思い込んで端折っていたんだ。

それと、夜寝る前にする作業は疲れていてシンドイのひとこと。自分で決めた「やったことメモ」だけれど、あっけなく挫折(泣)

じゃあ、良く寝て翌日の朝、前日のやったことを書き出すようにしてみたら、なんとすらすら~~と、だいたい8割の内容で時間をどう使っていたか?書き出せたんだ。

朝の脳は最高!

こうして、スケジュールの徹底とやるべきことの書き出し~翌日にはやったことの書き出しを続けるようにしたのだ。

「やったことを書き出すだけ」なんだけど。

ただ、毎日が忙しく流れていくのではなく、あるいは無為に過ぎていくのでもない、一日一日に付箋を貼り着けるような気持ちで、積極的に時間管理に取り組めた体験よ。

                   ★

実は、この「やったことを書き出す」というシンプルな作業を毎日やって、偏差値35からスタートして2浪後に「東大」に見事合格!した西岡氏の記憶力アップ法とよく似ているのを、つい最近知ったのだ。(西岡氏の方法は作文を書くのだそうだ)

西岡氏の記事を添付する→https://toyokeizai.net/articles/-/620391?page=5&fbclid=IwAR3-_pF61SjSnl07aTRQjJGDuI 「2浪 偏差値35の僕がそれでも東大を目指したワケ

西岡氏は浪人中、東大志望の知り合いに片っ端から恥を忍んで、勉強方法を聞いて回ったそうだ。そうしたら驚くほど自分の勉強方法と違う人ばかりだった。自信喪失したそうな。

その中で、「前日勉強したことがらを全部書き出す」という振り返りを先生から聞き、記憶力アップを睨んで、さっそくやってはみたものの、2割も書き出せなかったそうだ!

要するに自分が何を勉強しているのかさえ、把握できていなかったのだと。愕然としたのは言うまでもなく、その後、書き出し作文に馴れてきたら、だいたい8割の勉強内容が書き出せるようになったそうだ。

もちろん、学力もうなぎのぼり!

やったことを書き出すことで、辛い浪人生活を新鮮な日々に変えて、見事合格を果たした西岡氏の記事には感動を覚えた。

                 ★

紙にやったことを書き出すことで、人生は充実したものになるだろうな・・・とか思っていたわたし。

それが、今では毎日ブログを更新している。毎日書くことで、記憶力の維持に相当役に立っているハズ。

「やったことメモ」の書き出す内容は、仕事、プライベートの予定(買い物や通院など)ブログ書き(ネタ仕込み)掃除や洗濯などの家事全般、料理(買い出しなど)趣味の草花の手入れ、ストレッチやランニング(今はやってない)これらの少々煩雑なことがらは記号にして書き込んでいる。

これを付けるようになってから、一番変わったことは「わたしの気持ち」なの。

「一日で、こんなにもたくさんのことをこなしたわたしってすごい!」とか「偉い!」とか。自己肯定感がアゲアゲになる(笑)

そして、仕事や家のことに追われているという気持ちもどっかへ行っちゃって、さらなる達成感と、充実感を味わいたくて、こまごま詰め込んで長年、行動してきた。

スケジュール帳に記号の羅列で継続できている、やったことメモ。

こんな、ちょっとの頑張りで「時間」と向き合い続けてきた話をざっくりと書いてみた。

ちょっと頑張った自分へのご褒美は、意外にも0円で叶う「やったことメモ」で充分(笑)

どうぞ、時間管理と、充実感や達成感を同時に手に入れる「やったことメモ」をやってみない?

★2025年9月10日更新 デジタルデトックスがどんどん進む日々【紙上講座・デジタルから離れる】

【ブログ新規追加832回】

一昨日は丸1日、PCもスマホも開かないというデトックス日だった。

我が家の通信はデータ使い放題。だけど格安プランの宿命、大量に使う我が家では3日10G制限ぎりぎり。

オプションサービスの夜間完全フリーを使ってなんとかデータ量を制御している。

しかもそれに加え余ったGIGAも裏技で繰り越せるので、生活パターンを習慣化し日中はアナログ作業に専念すればいいのだ。

なんだかんだメリハリつけてやってきたが、一昨日、なぜかメリハリに失敗。

日中に使いまくってぎりぎりになってしまい、自ら通信制限をかけざる負えなくなった。

こうなったら制限回避のため、丸一日をぴたっとデジタルデトックスする!と、肚を決めた。

デジタルを見ないということは、恐ろしく暇だろうな・・・と、思いきや、実際はそーでもなかったんだ。

制限がある分だけ知恵と工夫ができ、時間の有効活用で信じられないくらいのんびりと家中の掃除ができたよ。まさにデジタルとアナログの融合=ハイブリットなスタイルだ。

今までまったくやったことのない場所まで掃除ができたんだから、制限様様じゃん(笑)

掃除の次は、今、流行りのロルバーン(Roollbahn)のノート術(ノートを最後まで使い切る)をやり始めてみたよ。

ロルバーンとの出会いは、流行り始めた数年前、仕事先の書店でアクリル壁一面にば~んとロルバーンの可愛い柄物や、カッコいいノート&ダイアリーが面陳されていて圧倒されたのだ。

ミニサイズのノートでもワンコインはする高価なノート。ダイアリーなどはだいたい1300円ほどする。

表紙の可愛さに思わず手に取ったが、「1260円!ちっ!こんな高いのはいらない!」と、さっさと戻した経験がある。

たしかに紙質もいいし、クリーム色の目に優しい罫線がとても使いやすそうだし。

先日も仕事ついでに、毎年新作が加わるダイアリーの表紙ラインナップも大型書店で見てきた。

2023年版から干支柄のデザインもあり、とってもキュート。

さらにLoftなど、文具専門店の限定販売は大人気。文具熱って、すごいんだよね。

今、ロルバーンファンの女子の間で、「ノートを使い切る方法」などの動画が盛んにアップされている。

なぜ?使い切るのに方法がいるのだろう?

そんな興味を持って動画を数本観てみた。

なんと、リングを外して余った紙を取り除き、新しいノートもリングを外して取り除いた紙を付け加えてリングを戻し、全部大切に使うんだという。

なんとも、ほんわかいい感じがしたよ。

SDGsしてるんだ!と、自信満々で話していた。

オタ活、推し活には欠かせないマイノートを作れるロルバーンの世界を思いだして、これまで使ってきたノート達を復活させる時間ができたんだ。

たんに、PCやスマホを開かないだけで、クリエイティブな時間が持てるのが驚き!

また、朝起きたばかりの時間帯も、デジタルを見ない日を送る。

それは、こんな理由があるから。

まず、朝の起きたての時間のことを「プラチナタイム」と呼ぶそうな。

目覚めた直後の脳は、睡眠によってリセットされて、まっさらな状態であるそうだ。

そのまっさらな脳に、今日一日で一番大切な案件をしっかり反復させるのがいい。

それが、自分と向き合う唯一の方法だ。

わたしは、ノートにその日、大事な案件を朝、起きたてに書くようにしてみた。

SNSなど、外部情報もすぐには開かない。

たった一行、朝、自分に向けた案件をメッセ―ジするだけで、自分を大切に扱っているという気分になれる。

早朝に書くノートは、まさに自分と向き合う活動なんだ。

「どんな一日にしたい?」と、自問自答しながら、書き出してみて。

そうすると、PCやスマホを開く時間や頻度がどんどん後回しになって行く。

「ネットに浸食されたくない!と、思いながらも浸食されている人」だったら、ぜひ、「寝起きのノート書き」をおすすめする(笑)

今回、ネット通信制限から、PCやスマホを使わず、思いのほか充実した自分時間が作れた。

ずっとは無理でも、半日ぐらいのデジタルデトックスは毎週やるべきかも。

脳も気持ちもスッキリするから。

どうぞ、お試しあれ!


MAGAZINEHOUSEのWEB会員登録をした~もっと雑誌が読みたいから【紙上講座・雑誌購読】

【ブログ新規追加829回】

MAGAZINEHOUSEのWEB会員登録を昨日やって寝た。

現在では、各雑誌がひとつのブランドとしてWEB登録されている。その各雑誌のコンセプトや近々の情報を得るために会員登録をした。

紙雑誌の概念は「過去」のものであろう。

有名雑誌からの情報とメルマガ先を選んだ。(おっと、ターザンを忘れちゃった!)

BRUTUS

CasaBRUTUS

Hanako

&Premium
と、とりあえずこれだけ選んだ。

CasaBRUTUS。やっぱり、グラビアがきれい。建築好きにはたまらない、素敵なアングルばかり。

一般人の写真上手な画像ばかり観てる昨今では、ゆっくりとプロの撮る写真を愛でる機会を逃しているなあ・・・と、つくづく感じるのだ。

料理でも、旅でも建築でもすべて、雑誌からセンスを栄養補給するように吸収してきたわたし達世代。

WEBではあるけれど、グラビア感満載のマガジンハウスの会員(無料)になってみるのも乙なものかも。

ずら~~~っと、表紙を眺めるだけでも、とても楽しいし、いい息抜きになりそうだ。

Hanakoとか、旅の特集が大好きだけど、なんせ紙版の雑誌だと、文字があまりに小さい!というか小さすぎる(泣)

だから、WEB会員専用ページで既刊の雑誌記事やメルマガを大きく伸ばして閲覧できるのでストレスなしよ。

(資料に関しては個人IDが必ず入ってしまう関係で今回はリンクせず)

というわけで、会員制のWEBマガジンを紹介してみた。

圧倒的にセンスを磨くなら、マガジンハウスでしょ?(笑)

「小さな印税(おこづかい)生活」【紙上講座・電子書籍の印税】

【ブログ新規追加815回】

昨晩、お世話になっている、某都内出版社からの6月~7月分の書籍純売り上げ(冊数、金額合計など)報告書類が送られてきていた。(たぶん2ヵ月ごとだっけ?ちゃんとわかってはいない結構ズボラ・笑)

そんな時、一瞬思う「わたしは物書きだ」という実感。

たぶん、電子書籍でデビューしている分、気軽なんだろうね。

しかし、「著者の証し」である印税が運ばれてくるんだから、いい加減ではいけない・・・と、気を引き締めてきたこの6年あまり。

延べにすると、毎月20人ぐらいの方がわたしの電子書籍を買って下さっている。

これは、驚きというか意外。川の流れのようで、とても嬉しい。

仕事で毎日、平積み書籍を各5冊・・・などの受注をリアル書店で商談しているわたしが思うに、実店舗では実売につなげるまで時間がかかる。

WEBでは、読者に見つけてもらって、すぐ購入を決めてもらい、書店や出版元、引いては著者には「在庫が一切ない」という最高な環境が電子書籍にはある。

わたしは、紙であっても、電子であっても出版業界に奉公に出た人間だから、本業では精一杯アピールして売り、私生活ではそれこそ夢中で書く毎日が実現している。

在庫(売れ残り)を持たない、願った通りの物書きになって「小さな印税生活」を謳歌中だ。

                 ★

ここで、簡単に「紙の書籍と電子書籍の印税の違い」を明記しておこう。

紙書籍は売れなくても作った冊数で印税が発生する。 1万冊本を刷ったら、刷った時点で1万冊分の印税が発生する計算。 対して電子書籍はあくまで売れた分だけだ。 実売数にあわせてお金がもらえる形になる。(資料元→https://konogi.fanbox.cc/posts/945755 電子と紙のどちらで買うのが作家さんのためになりますか?WEB記事より)

紙の印税:販売価格の10%

電子の印税:販売価格の15%

                 ★

ブログを書き始めて7年が過ぎ、その間にブックレビューライターとなり大手出版社からの依頼を頂き、書籍のブックレビューライターを約3年ほど勤めた。

この7年の間にやはりブログを読んで頂き、2度の電子書籍執筆依頼を頂いた。

とにかく、この7年間、ブログ、レビュー記事、書籍執筆と書いて、書いて書きまくってきた。(それ以外でもWordpressの導入やアドセンス広告の分野を勉強してブログが収益を上げるまで少しづつ成長路線を開拓してきた)

そして、レビューライターの収入、ブログではGoogleアドセンス、Amazonアソシエイトの広告料、書籍の印税などこの3つの収入が、わたしの「おこづかい」となった。

本業(出版営業)があるぶん、こちらの執筆業で得た金銭については、すべてわたしの旅や趣味に費やす活動費になった。

はじめは収益で旅ができるのが嬉しくって、そりゃあもうね、行きまくったよ(笑)

それも、今では、落ち着いて、かなり行きたい!と思わなければ簡単には出かけなくなった。

また、筆の鈍りはまったくないものの、様々なおこづかい口の金銭がプールされつつあり、「もっと遊ばなきゃいけないんじゃない?!」と、嬉しい悲鳴すらある(笑)

でもね、稼ぐために書いてはいないの。

一生書き続けたいから、ブログは筋トレで毎日書くし、印税を頂けている間は、もう一冊、もう一冊と、細々と書いて行きたいと願っている。

「長く書き続けるのが目標」であるから、売れた分だけ印税の入る電子書籍が性分に合っているとも言える。

今日は、わたしの「小さな印税生活」の裏側を書いてみた。

ずっと書いていたら、びっくりするような大化けするかもしれないし(笑)

まあ、そりゃあ、あるか?ないか?誰にもわからないから面白い。

本や映画の情報源は、一度インプットしたら手放す~その姿勢が「何となく見る・読む」を防ぎ、生きた情報収集ができる【紙上講座・情報収集のコツ】

【ブログ新規追加810回】

さて、夏休み終わり仕事モードに完全に切り替わった今朝。

ここで、情報収集のツボというか、コツを簡単にまとめてみよう。

わたしは、情報収集に関してはあまりリピーターにならない。

旅でも食べものでも、趣味でも。

それは、究極、出会いは「一期一会」だと感じているからだ。

旅でも限られた時間の中で、出会いを求めて行動をするのが好きだ。

いつものあの場所・・・みたいな慣れ親しんだモノやコトを探すのはまだまだ先のこと。

この「リピーターにならない」「リピートしない」という感覚が、常に新しい場所や知らない場所、人、モノに繋がって興味の幅を広げて来たと言えよう。

試しに「この本を読めるのは今だけ」「この映画を観られるのは今しかない!」と決めて、本を読み、映画やTVを見てみよう。

あら~~~不思議。いつもよりずっと、情報が頭の中に残らない?

もし、こういった「一期一会」の出会いが面倒くさい・・・とか馴れ親しんだ場所でなけりゃ・・・と感じる場合は、その情報源は「今、必要がないもの=今、大切ではない」のだと割り切れる。

わたしは、本を読みながら「これは実践したい!」「取り入れたい!」と、感じたところにはどんどん付箋を貼って読み続ける。

しかも、すぐに実行できそうなら、時期を待たずにやる。

本来の私に必要な情報源だけど、すぐには実行不可能な場合は手帳に「仮設定日」を設けてインプットする。

そして、実行した結果の報告や「これいいな!」と思った本や、モノは余さずブログで紹介する。

それが終わったら手放す(次へ行く)。

見つける→すぐにやる(読むや見る・行くなど)→ブログに落としこんだら終了。

こうすることで、「またあとで読もう」とか「じっくり時間を取って読もう」・見よう」とか、結局「積読の始まり」「死蔵を作らない!」というのを実践できる。

ま、積読や死蔵が苦手なだけ。

本や旅先の情報や観た映画など、ブログに詳細に記録し、アウトプットすることで、自分なりの咀嚼が進み、生きた情報収集ができる。

リピーターの本当の心情は「いつでも手に取れる安心感」だ。

わたしの性分では、得意の「集中力」を発揮して、新しい、まだ観ぬ場所やモノやコトを限りなく「一度で取り入れる」を繰り返して、自分の力を蓄えてきたと自負している。

~その情報、すでにインプット済みじゃない?~

こんな風に自分にいつも問いかけているよ。

同じ本を2度買ってしまった経験はまだない(笑)

たぶん、この性分で生きれば、ボケたりしないだろう・・・という、根拠のない自信すらあるのよ。

さ、今日から通常勤務。キッチリ働きましょ!

★2025年8月8日更新 文章のアレコレ~時間があったので目指す文章を考えてみた~今後に活かす文体を見つける【紙上講座・文体】

【ブログ新規追加799回】

ワクチン熱が下がっても、熱の後遺症でだるくすぐに元に戻れなくて、昨日は少し思考の面で考えを取りまとめてみた。

時間がある時だからこそ、文章があーだ、こーだとか、本当に目指すべき文体など、かなり考えておかないとと、ずうっと思っていたんだ。

そういった、考えのとりまとめをしておかなければ、なかなか使えないし、使えるようにならないのが文章のアレコレ、文体というものなのだ。

改めて「文体」とはどーいうものなのか?調べてみた。

文体とは→文章の様式。和文体、漢文体、あるいは書簡体など。筆者の個性的特色が見られる、文章のスタイル。(資料元;https://kotobank.jp/word/ コトバンク

そうか。個性がにじみ出る文章表現がスタイルとなり、作品となればそれ自体が文体と言えるのだと改めて知った。

で、今のわたしが考え尽くす文章のアレコレはこうだ。

ディティール説明が少なく、それでいて情景が浮かぶ文章

贅肉の一切ない、彫琢された文体」(※ 彫琢とは→宝石などをきざみ磨くこと。比喩的に文章を磨くこと。)

元々、「中学生がスラスラ読んで理解可能な内容」や「難しい漢字を用いないで書く」のが、わたしの長年のスタイルだ。

これを逸脱すると、文体がめちゃくちゃになってしまうので、おおかた守ってきたかしら。

どんな物を書くかで、文体を決めたり変えることはしないし、何人もの自分がいるみたいで気持ちが悪いものだ。

今後も、没個性にならないように、華美な装飾は避け、硬派なわかりやすさを目指して書くのは変わりないだろう。

昨今、プロとアマチュアの境界線があいまいだ。

文章の世界でも言わずもがなである。

だからこそ、文章の技巧に頼るというよりは、モノゴトを見る眼の深度を上げることが大事だと思う。

細部のリアリティがあってこそ、はじめて揺るぎないノンフィクションが構築されるんだ。

フィクション(創作)の話はまたの機会に。

小さな、情景描写に心血を注ぐ・・・そんな文章を連ねて行きたい。

★2024年6月17日更新 発信の基本とは?~見た人が行きたい!と思ったらその場で調べられる情報も必ず添える(たったこれだけ)【紙上講座・発信の極意】

【ブログ新規追加747回】

新しいお店や旅先の記録は、基本として絶対アカウント名や紹介欄とかに所在地を書いて発信しよう。

パッと見た時に地名(紹介した先のリンク)がないと、「リンク探して、開いて、ホームページ見て」って、そこまでなかなかやろうと思わないよね。

それが好き!っていう場合は別として。だいたい、気持ちは萎むものだから。

意外だけれど、ネットの世界って、自己満足というか、とりあえず発信したらそれで終わり!という、もったいないというか、手抜きというか、イミシンな書き方をされている発信が本当に多い。

そこのところ、もうひと手間かけて、ちょこっと、情報源を添えるのが大事だと考える。

わたしが目指す記事の書き方は「見た・考えた・感動した・気づいた」を自分の言葉で書いた結果「誰かの行動の手助けになる」というスタンスだ。

「自分のめっちゃいい!」を気軽にシェアする感じなの。

いざ、発信するとなると「めんどくさい」なあと、思われがち。

そこを、えい!っとひと手間かけて、読み手の気持ちになって発信しよう!

読み手側に「名前が分かるのだからそこをコピペで検索」に頼り過ぎ。名前も分からない場合は、一生懸命写真の中から情報を引っ張って・・・じゃあね。

また、基本情報をきちんと入れる行為は、熱量が伝わるものだ。

(つまらない)自分語りの発信から、一歩抜けだす極意かもしれない。

自分語りはパッと見えない場所で書きましょ。(別アカウントか、一発で読めないブログか・笑)

                  ★

最近、ずうっと、仕事に追われていて、夜遅くやっと開いたPC。

で、延々観ているのが、You Tube の「食べ放題アカウント」おしゃれな某ブランドのスイーツ専門食べ放題とか。

その時、行ったのが平日か?時間は?予約したのか?アクセスは?一番大事なのが、

「値段!」で、もちろんリンク先も概要蘭に!と、こういった基本がすっぽり抜け落ちている。

意外とあるんだよね。「美味しさばかりのトーク」「食べ過ぎばかり」

それと、古い情報とかも。発信する場合は、やっぱり最新であってほしいもの。

よ~く調べてみたら、土・日のみとか…。

平日に仕事にからめて行きたい!と思う都内などは、休日にまで行きたくない(泣)

がっかり感満載(笑)

ネット上に溢れる記事の中に「えっ?ここ行きたい!」と思わせるいいショットを見つけた時、そこがどこだか、わからない。

名前が分かる場合はそこをコピペで検索。一生懸命写真の中から情報を引っ張って・・・じゃあ、時間がもったいない。

そんなことが幾度か続いたので、喚起したわけ。

さ、花金。

今日も頑張りましょ。

個人ブログは、より自分らしい言葉と、自分が経験したことで書くのが基本【紙上講座・ブログ論】

【ブログ新規追加741回】

昨日、ふっと思ったんだけど、「わたしはたくさんの人に見て(読んで)もらうために書いている」のかな?と。

自分の思いの中に「それは、当たり前」とか、「もっと、もっと読んでもらいたい!」とかいう熱意のようなものが見当たらないことに気がついたの。

わたしのブログに対する向かい方は「書きたいことを書く」だし「経験・体験が中心」だ。

世間のブログ教授されている人たちからすれば、「最初からがっちり相手のニーズに合わせた内容」の記事を書かなければならないような、いわゆる「縛り」が存在している。

しかし、最初からたくさんの人に読んでもらいたいがための「タイトル」だったり、「内容」だったりすると、どこか自分らしさの抜けた歪んだ文章になってしまうもの。

わたしは、そういった、不特定多数の相手目線で書いてはいない。

あくまでも、「その時、気持ちに残ったこと」や「どうしても今書きたいこと」にフォーカスして文章を認めているんだ。

要するに自分の言いたいことをど真ん中に置いて書くのがわたし流。

一方で、個人のブログ記事を書く=仕事目線(企業ブログみたいな)で書いている場合、自分の意見などはスル―して相手に合わせた書き方をしてしまうんだろうな。

ここで、書き方の「分かれ道」が生まれるんだ。

個人のブログと企業のブログ→向かっている先が違うのに混同している。

企業ブログでは自分の意見や気持ちを入れないで書くのが普通だ。

わたしは、個人ブログの「何かに対する心情が見え隠れする文章」を読むのが楽しみだし、書く側も醍醐味の一つだろうと感じている。

それが、体験や経験だったりすれば、小説なんかよりずっと深くて面白いし、何しろためになる。

それと、心情の伴わない文章って「仏作って魂入れず」じゃない?

さらに、追い込みをかけると、本当に思っていないことを書いてばかりいると、自分を見失いかねないとも感じる。

これは、もの書きを目指している方は気をつけないととても危険だ。

                   ★

たくさんの人に読まれるために書いている・・・という人にむけて。

あくまでも、PVは結果に過ぎないよ。

もっと素直に自分が「経験したこと」や「思った、考えた、感じた」ことを書いて行く。

そして、究極は「誰かのことを真剣に思ったこと」を文章にしたい。

文章の本当の価値はそこにある。

たんなる、常識を並べた記事、誰かの考えを借りた記事、そういった価値を損ないかねない文章は誰の心にも触れないだろう。

不特定多数の誰かが求める記事ではなく「自分にしか書けない」記事を思い切り書いて行く。

それでいい。

もうね、PVとか売り上げとかSEOとか気にせず、颯爽と自分らしく書き進めて行こう!って思ったので書いてみた。

わたしにしか書けないものを書いて行く。

誰でも書けるものはそちらに任せておけばいい。

とか、強気(笑)

★2025年5月21日更新 熱量高く生きるために絶対必要なものは?【紙上講座・ブログのネタ作り】

【ブログ新規追加722回】

わたしのブログの書き方は長年の経験値から自然と「型」が決まってきた。

ここでいう「型」とは、見た目じゃなくて、いわゆるブログを執筆する上でのルールのようなものだ。

ここにルールのいくつかを記載してみる。

• 本を読んだらレビューを必ず書く。

• 仕事で新しいことがらを導入したとか、クレームを爆速で処理したとか、

仕事に関係するあらゆることがらを取りまとめて書く。

• 新しいガジェットや何かの機器を手に入れたら必ず、その性能と手に入れた理由を書く。

• 料理はそれほど上手じゃないけど料理に関することがらも必ず書くし、飲食店に行けば書く。

• 旅に行ったら、準備から旅程や泊まったホテルやかかったお金などほぼ、包み隠さず(笑)書く。

• 美容やファッションも少しだけ書く。

• 趣味の写真のこともかなり書いてきたな。

• そうそう、元々音楽家だったから、本当は「音楽大学関係」のネタだけでブログ1本を作るのもできるのよ。

・・・と、こんな風にいくらでも、書くネタには困らないのよ。

この羅列を延々やる自信があるもの。

そのぐらい、自分の生活全般を見つめ続けてきたと自負している。

ただ、まったく触れないというか、ごくたま~にいいことがあった時だけ「子ども」のことは書いているが、普段は完全に書かない。

読んで下さる方からすれば、「ど~してこんなに暑苦しいんだろう?」って、思われそうだな~~~と、書いている自分を遠巻きに見ていることが、時たまあるよ(笑)

だって、本当にど~でもいいことに「付加価値」を付けて長々と文章を連ねるクセがあるのだから、ある意味どうしょうもない。

上に書き出したネタは、すでに書き方が決まっているから「型」があると書いたのだ。

「型」とは、わたしのブログに向き合う姿勢が決まっているということに他ならない。

例えば、旅に行ったら、すぐに紀行文を書く。ほぼ寝かさない。

これは、熱量の問題だろうけど、美しい景色を見て感動してすぐに写真をアップするのは、意外と簡単だ。

スマホとSNSアカウントさえあればできるでしょ。

でも、ブログに文章として残したい気持ちが強いので、行った先々で写真を撮りながら頭の中で、軽~く編集するのが日常的。

で、熱量を高く保ったまま、当日か翌日には文章にまとめてしまう。

だから、写真はいっぱい撮らない。

Twitterを駆使しているブロガーや写真家が良く言っているのが「たった140文字と写真4枚でユーザーを感動させられるか?その土地に行きたい!って思わせられるか?」ってことなのだそうだ。

わたしが、いつでも、変わらずブログをアップするのには、こんな激戦区で頑張っている人達の言葉の後押しがあるからなんだ。

よ~し、わたしもやってみよう!と、暑苦しく毎日文章を書き、写真を撮り続けてきたのだ。

そして、「型」が決まっている書き方や撮り方をそろそろ、ブラッシュアップしたいと考えている最中。

それは、熱量高く生きるために書きたいのは、やっぱり「ライフスタイル」についてなのだ。

わたしなりに「こだわって」いるモノやコトについて、深く掘り下げて行きたい。

例えば、「今、流行り?の艶消しされた車マット(チッピング)塗装された車についてとか。だって、すごい存在感あるでしょ?艶消しってさ。

大好きな車のコトを書いてみよっかな?とか思うんだ。

ブログ全体の雰囲気も、もう少しアグレッシブな感じにしたいなあ・・・とか考えている。

今まで、触れてこなかった分野にも積極的に関わる(知る・興味を持つ)ことで、どんどん自分の底辺が広がる感じがするし。

そういったことを考える時間はちゃんとある。

問題は「さあ、書くぞ!」という熱量が必要だということ。

パワーアップするために、「本気の旅」も随所に取り入れながら

頑張ろうっと。