★2025年9月10日更新 デジタルデトックスがどんどん進む日々【紙上講座・デジタルから離れる】

【ブログ新規追加832回】

一昨日は丸1日、PCもスマホも開かないというデトックス日だった。

我が家の通信はデータ使い放題。だけど格安プランの宿命、大量に使う我が家では3日10G制限ぎりぎり。

オプションサービスの夜間完全フリーを使ってなんとかデータ量を制御している。

しかもそれに加え余ったGIGAも裏技で繰り越せるので、生活パターンを習慣化し日中はアナログ作業に専念すればいいのだ。

なんだかんだメリハリつけてやってきたが、一昨日、なぜかメリハリに失敗。

日中に使いまくってぎりぎりになってしまい、自ら通信制限をかけざる負えなくなった。

こうなったら制限回避のため、丸一日をぴたっとデジタルデトックスする!と、肚を決めた。

デジタルを見ないということは、恐ろしく暇だろうな・・・と、思いきや、実際はそーでもなかったんだ。

制限がある分だけ知恵と工夫ができ、時間の有効活用で信じられないくらいのんびりと家中の掃除ができたよ。まさにデジタルとアナログの融合=ハイブリットなスタイルだ。

今までまったくやったことのない場所まで掃除ができたんだから、制限様様じゃん(笑)

掃除の次は、今、流行りのロルバーン(Roollbahn)のノート術(ノートを最後まで使い切る)をやり始めてみたよ。

ロルバーンとの出会いは、流行り始めた数年前、仕事先の書店でアクリル壁一面にば~んとロルバーンの可愛い柄物や、カッコいいノート&ダイアリーが面陳されていて圧倒されたのだ。

ミニサイズのノートでもワンコインはする高価なノート。ダイアリーなどはだいたい1300円ほどする。

表紙の可愛さに思わず手に取ったが、「1260円!ちっ!こんな高いのはいらない!」と、さっさと戻した経験がある。

たしかに紙質もいいし、クリーム色の目に優しい罫線がとても使いやすそうだし。

先日も仕事ついでに、毎年新作が加わるダイアリーの表紙ラインナップも大型書店で見てきた。

2023年版から干支柄のデザインもあり、とってもキュート。

さらにLoftなど、文具専門店の限定販売は大人気。文具熱って、すごいんだよね。

今、ロルバーンファンの女子の間で、「ノートを使い切る方法」などの動画が盛んにアップされている。

なぜ?使い切るのに方法がいるのだろう?

そんな興味を持って動画を数本観てみた。

なんと、リングを外して余った紙を取り除き、新しいノートもリングを外して取り除いた紙を付け加えてリングを戻し、全部大切に使うんだという。

なんとも、ほんわかいい感じがしたよ。

SDGsしてるんだ!と、自信満々で話していた。

オタ活、推し活には欠かせないマイノートを作れるロルバーンの世界を思いだして、これまで使ってきたノート達を復活させる時間ができたんだ。

たんに、PCやスマホを開かないだけで、クリエイティブな時間が持てるのが驚き!

また、朝起きたばかりの時間帯も、デジタルを見ない日を送る。

それは、こんな理由があるから。

まず、朝の起きたての時間のことを「プラチナタイム」と呼ぶそうな。

目覚めた直後の脳は、睡眠によってリセットされて、まっさらな状態であるそうだ。

そのまっさらな脳に、今日一日で一番大切な案件をしっかり反復させるのがいい。

それが、自分と向き合う唯一の方法だ。

わたしは、ノートにその日、大事な案件を朝、起きたてに書くようにしてみた。

SNSなど、外部情報もすぐには開かない。

たった一行、朝、自分に向けた案件をメッセ―ジするだけで、自分を大切に扱っているという気分になれる。

早朝に書くノートは、まさに自分と向き合う活動なんだ。

「どんな一日にしたい?」と、自問自答しながら、書き出してみて。

そうすると、PCやスマホを開く時間や頻度がどんどん後回しになって行く。

「ネットに浸食されたくない!と、思いながらも浸食されている人」だったら、ぜひ、「寝起きのノート書き」をおすすめする(笑)

今回、ネット通信制限から、PCやスマホを使わず、思いのほか充実した自分時間が作れた。

ずっとは無理でも、半日ぐらいのデジタルデトックスは毎週やるべきかも。

脳も気持ちもスッキリするから。

どうぞ、お試しあれ!


MAGAZINEHOUSEのWEB会員登録をした~もっと雑誌が読みたいから【紙上講座・雑誌購読】

【ブログ新規追加829回】

MAGAZINEHOUSEのWEB会員登録を昨日やって寝た。

現在では、各雑誌がひとつのブランドとしてWEB登録されている。その各雑誌のコンセプトや近々の情報を得るために会員登録をした。

紙雑誌の概念は「過去」のものであろう。

有名雑誌からの情報とメルマガ先を選んだ。(おっと、ターザンを忘れちゃった!)

BRUTUS

CasaBRUTUS

Hanako

&Premium
と、とりあえずこれだけ選んだ。

CasaBRUTUS。やっぱり、グラビアがきれい。建築好きにはたまらない、素敵なアングルばかり。

一般人の写真上手な画像ばかり観てる昨今では、ゆっくりとプロの撮る写真を愛でる機会を逃しているなあ・・・と、つくづく感じるのだ。

料理でも、旅でも建築でもすべて、雑誌からセンスを栄養補給するように吸収してきたわたし達世代。

WEBではあるけれど、グラビア感満載のマガジンハウスの会員(無料)になってみるのも乙なものかも。

ずら~~~っと、表紙を眺めるだけでも、とても楽しいし、いい息抜きになりそうだ。

Hanakoとか、旅の特集が大好きだけど、なんせ紙版の雑誌だと、文字があまりに小さい!というか小さすぎる(泣)

だから、WEB会員専用ページで既刊の雑誌記事やメルマガを大きく伸ばして閲覧できるのでストレスなしよ。

(資料に関しては個人IDが必ず入ってしまう関係で今回はリンクせず)

というわけで、会員制のWEBマガジンを紹介してみた。

圧倒的にセンスを磨くなら、マガジンハウスでしょ?(笑)

「小さな印税(おこづかい)生活」【紙上講座・電子書籍の印税】

【ブログ新規追加815回】

昨晩、お世話になっている、某都内出版社からの6月~7月分の書籍純売り上げ(冊数、金額合計など)報告書類が送られてきていた。(たぶん2ヵ月ごとだっけ?ちゃんとわかってはいない結構ズボラ・笑)

そんな時、一瞬思う「わたしは物書きだ」という実感。

たぶん、電子書籍でデビューしている分、気軽なんだろうね。

しかし、「著者の証し」である印税が運ばれてくるんだから、いい加減ではいけない・・・と、気を引き締めてきたこの6年あまり。

延べにすると、毎月20人ぐらいの方がわたしの電子書籍を買って下さっている。

これは、驚きというか意外。川の流れのようで、とても嬉しい。

仕事で毎日、平積み書籍を各5冊・・・などの受注をリアル書店で商談しているわたしが思うに、実店舗では実売につなげるまで時間がかかる。

WEBでは、読者に見つけてもらって、すぐ購入を決めてもらい、書店や出版元、引いては著者には「在庫が一切ない」という最高な環境が電子書籍にはある。

わたしは、紙であっても、電子であっても出版業界に奉公に出た人間だから、本業では精一杯アピールして売り、私生活ではそれこそ夢中で書く毎日が実現している。

在庫(売れ残り)を持たない、願った通りの物書きになって「小さな印税生活」を謳歌中だ。

                 ★

ここで、簡単に「紙の書籍と電子書籍の印税の違い」を明記しておこう。

紙書籍は売れなくても作った冊数で印税が発生する。 1万冊本を刷ったら、刷った時点で1万冊分の印税が発生する計算。 対して電子書籍はあくまで売れた分だけだ。 実売数にあわせてお金がもらえる形になる。(資料元→https://konogi.fanbox.cc/posts/945755 電子と紙のどちらで買うのが作家さんのためになりますか?WEB記事より)

紙の印税:販売価格の10%

電子の印税:販売価格の15%

                 ★

ブログを書き始めて7年が過ぎ、その間にブックレビューライターとなり大手出版社からの依頼を頂き、書籍のブックレビューライターを約3年ほど勤めた。

この7年の間にやはりブログを読んで頂き、2度の電子書籍執筆依頼を頂いた。

とにかく、この7年間、ブログ、レビュー記事、書籍執筆と書いて、書いて書きまくってきた。(それ以外でもWordpressの導入やアドセンス広告の分野を勉強してブログが収益を上げるまで少しづつ成長路線を開拓してきた)

そして、レビューライターの収入、ブログではGoogleアドセンス、Amazonアソシエイトの広告料、書籍の印税などこの3つの収入が、わたしの「おこづかい」となった。

本業(出版営業)があるぶん、こちらの執筆業で得た金銭については、すべてわたしの旅や趣味に費やす活動費になった。

はじめは収益で旅ができるのが嬉しくって、そりゃあもうね、行きまくったよ(笑)

それも、今では、落ち着いて、かなり行きたい!と思わなければ簡単には出かけなくなった。

また、筆の鈍りはまったくないものの、様々なおこづかい口の金銭がプールされつつあり、「もっと遊ばなきゃいけないんじゃない?!」と、嬉しい悲鳴すらある(笑)

でもね、稼ぐために書いてはいないの。

一生書き続けたいから、ブログは筋トレで毎日書くし、印税を頂けている間は、もう一冊、もう一冊と、細々と書いて行きたいと願っている。

「長く書き続けるのが目標」であるから、売れた分だけ印税の入る電子書籍が性分に合っているとも言える。

今日は、わたしの「小さな印税生活」の裏側を書いてみた。

ずっと書いていたら、びっくりするような大化けするかもしれないし(笑)

まあ、そりゃあ、あるか?ないか?誰にもわからないから面白い。

本や映画の情報源は、一度インプットしたら手放す~その姿勢が「何となく見る・読む」を防ぎ、生きた情報収集ができる【紙上講座・情報収集のコツ】

【ブログ新規追加810回】

さて、夏休み終わり仕事モードに完全に切り替わった今朝。

ここで、情報収集のツボというか、コツを簡単にまとめてみよう。

わたしは、情報収集に関してはあまりリピーターにならない。

旅でも食べものでも、趣味でも。

それは、究極、出会いは「一期一会」だと感じているからだ。

旅でも限られた時間の中で、出会いを求めて行動をするのが好きだ。

いつものあの場所・・・みたいな慣れ親しんだモノやコトを探すのはまだまだ先のこと。

この「リピーターにならない」「リピートしない」という感覚が、常に新しい場所や知らない場所、人、モノに繋がって興味の幅を広げて来たと言えよう。

試しに「この本を読めるのは今だけ」「この映画を観られるのは今しかない!」と決めて、本を読み、映画やTVを見てみよう。

あら~~~不思議。いつもよりずっと、情報が頭の中に残らない?

もし、こういった「一期一会」の出会いが面倒くさい・・・とか馴れ親しんだ場所でなけりゃ・・・と感じる場合は、その情報源は「今、必要がないもの=今、大切ではない」のだと割り切れる。

わたしは、本を読みながら「これは実践したい!」「取り入れたい!」と、感じたところにはどんどん付箋を貼って読み続ける。

しかも、すぐに実行できそうなら、時期を待たずにやる。

本来の私に必要な情報源だけど、すぐには実行不可能な場合は手帳に「仮設定日」を設けてインプットする。

そして、実行した結果の報告や「これいいな!」と思った本や、モノは余さずブログで紹介する。

それが終わったら手放す(次へ行く)。

見つける→すぐにやる(読むや見る・行くなど)→ブログに落としこんだら終了。

こうすることで、「またあとで読もう」とか「じっくり時間を取って読もう」・見よう」とか、結局「積読の始まり」「死蔵を作らない!」というのを実践できる。

ま、積読や死蔵が苦手なだけ。

本や旅先の情報や観た映画など、ブログに詳細に記録し、アウトプットすることで、自分なりの咀嚼が進み、生きた情報収集ができる。

リピーターの本当の心情は「いつでも手に取れる安心感」だ。

わたしの性分では、得意の「集中力」を発揮して、新しい、まだ観ぬ場所やモノやコトを限りなく「一度で取り入れる」を繰り返して、自分の力を蓄えてきたと自負している。

~その情報、すでにインプット済みじゃない?~

こんな風に自分にいつも問いかけているよ。

同じ本を2度買ってしまった経験はまだない(笑)

たぶん、この性分で生きれば、ボケたりしないだろう・・・という、根拠のない自信すらあるのよ。

さ、今日から通常勤務。キッチリ働きましょ!

★2025年8月8日更新 文章のアレコレ~時間があったので目指す文章を考えてみた~今後に活かす文体を見つける【紙上講座・文体】

【ブログ新規追加799回】

ワクチン熱が下がっても、熱の後遺症でだるくすぐに元に戻れなくて、昨日は少し思考の面で考えを取りまとめてみた。

時間がある時だからこそ、文章があーだ、こーだとか、本当に目指すべき文体など、かなり考えておかないとと、ずうっと思っていたんだ。

そういった、考えのとりまとめをしておかなければ、なかなか使えないし、使えるようにならないのが文章のアレコレ、文体というものなのだ。

改めて「文体」とはどーいうものなのか?調べてみた。

文体とは→文章の様式。和文体、漢文体、あるいは書簡体など。筆者の個性的特色が見られる、文章のスタイル。(資料元;https://kotobank.jp/word/ コトバンク

そうか。個性がにじみ出る文章表現がスタイルとなり、作品となればそれ自体が文体と言えるのだと改めて知った。

で、今のわたしが考え尽くす文章のアレコレはこうだ。

ディティール説明が少なく、それでいて情景が浮かぶ文章

贅肉の一切ない、彫琢された文体」(※ 彫琢とは→宝石などをきざみ磨くこと。比喩的に文章を磨くこと。)

元々、「中学生がスラスラ読んで理解可能な内容」や「難しい漢字を用いないで書く」のが、わたしの長年のスタイルだ。

これを逸脱すると、文体がめちゃくちゃになってしまうので、おおかた守ってきたかしら。

どんな物を書くかで、文体を決めたり変えることはしないし、何人もの自分がいるみたいで気持ちが悪いものだ。

今後も、没個性にならないように、華美な装飾は避け、硬派なわかりやすさを目指して書くのは変わりないだろう。

昨今、プロとアマチュアの境界線があいまいだ。

文章の世界でも言わずもがなである。

だからこそ、文章の技巧に頼るというよりは、モノゴトを見る眼の深度を上げることが大事だと思う。

細部のリアリティがあってこそ、はじめて揺るぎないノンフィクションが構築されるんだ。

フィクション(創作)の話はまたの機会に。

小さな、情景描写に心血を注ぐ・・・そんな文章を連ねて行きたい。

★2024年6月17日更新 発信の基本とは?~見た人が行きたい!と思ったらその場で調べられる情報も必ず添える(たったこれだけ)【紙上講座・発信の極意】

【ブログ新規追加747回】

新しいお店や旅先の記録は、基本として絶対アカウント名や紹介欄とかに所在地を書いて発信しよう。

パッと見た時に地名(紹介した先のリンク)がないと、「リンク探して、開いて、ホームページ見て」って、そこまでなかなかやろうと思わないよね。

それが好き!っていう場合は別として。だいたい、気持ちは萎むものだから。

意外だけれど、ネットの世界って、自己満足というか、とりあえず発信したらそれで終わり!という、もったいないというか、手抜きというか、イミシンな書き方をされている発信が本当に多い。

そこのところ、もうひと手間かけて、ちょこっと、情報源を添えるのが大事だと考える。

わたしが目指す記事の書き方は「見た・考えた・感動した・気づいた」を自分の言葉で書いた結果「誰かの行動の手助けになる」というスタンスだ。

「自分のめっちゃいい!」を気軽にシェアする感じなの。

いざ、発信するとなると「めんどくさい」なあと、思われがち。

そこを、えい!っとひと手間かけて、読み手の気持ちになって発信しよう!

読み手側に「名前が分かるのだからそこをコピペで検索」に頼り過ぎ。名前も分からない場合は、一生懸命写真の中から情報を引っ張って・・・じゃあね。

また、基本情報をきちんと入れる行為は、熱量が伝わるものだ。

(つまらない)自分語りの発信から、一歩抜けだす極意かもしれない。

自分語りはパッと見えない場所で書きましょ。(別アカウントか、一発で読めないブログか・笑)

                  ★

最近、ずうっと、仕事に追われていて、夜遅くやっと開いたPC。

で、延々観ているのが、You Tube の「食べ放題アカウント」おしゃれな某ブランドのスイーツ専門食べ放題とか。

その時、行ったのが平日か?時間は?予約したのか?アクセスは?一番大事なのが、

「値段!」で、もちろんリンク先も概要蘭に!と、こういった基本がすっぽり抜け落ちている。

意外とあるんだよね。「美味しさばかりのトーク」「食べ過ぎばかり」

それと、古い情報とかも。発信する場合は、やっぱり最新であってほしいもの。

よ~く調べてみたら、土・日のみとか…。

平日に仕事にからめて行きたい!と思う都内などは、休日にまで行きたくない(泣)

がっかり感満載(笑)

ネット上に溢れる記事の中に「えっ?ここ行きたい!」と思わせるいいショットを見つけた時、そこがどこだか、わからない。

名前が分かる場合はそこをコピペで検索。一生懸命写真の中から情報を引っ張って・・・じゃあ、時間がもったいない。

そんなことが幾度か続いたので、喚起したわけ。

さ、花金。

今日も頑張りましょ。

個人ブログは、より自分らしい言葉と、自分が経験したことで書くのが基本【紙上講座・ブログ論】

【ブログ新規追加741回】

昨日、ふっと思ったんだけど、「わたしはたくさんの人に見て(読んで)もらうために書いている」のかな?と。

自分の思いの中に「それは、当たり前」とか、「もっと、もっと読んでもらいたい!」とかいう熱意のようなものが見当たらないことに気がついたの。

わたしのブログに対する向かい方は「書きたいことを書く」だし「経験・体験が中心」だ。

世間のブログ教授されている人たちからすれば、「最初からがっちり相手のニーズに合わせた内容」の記事を書かなければならないような、いわゆる「縛り」が存在している。

しかし、最初からたくさんの人に読んでもらいたいがための「タイトル」だったり、「内容」だったりすると、どこか自分らしさの抜けた歪んだ文章になってしまうもの。

わたしは、そういった、不特定多数の相手目線で書いてはいない。

あくまでも、「その時、気持ちに残ったこと」や「どうしても今書きたいこと」にフォーカスして文章を認めているんだ。

要するに自分の言いたいことをど真ん中に置いて書くのがわたし流。

一方で、個人のブログ記事を書く=仕事目線(企業ブログみたいな)で書いている場合、自分の意見などはスル―して相手に合わせた書き方をしてしまうんだろうな。

ここで、書き方の「分かれ道」が生まれるんだ。

個人のブログと企業のブログ→向かっている先が違うのに混同している。

企業ブログでは自分の意見や気持ちを入れないで書くのが普通だ。

わたしは、個人ブログの「何かに対する心情が見え隠れする文章」を読むのが楽しみだし、書く側も醍醐味の一つだろうと感じている。

それが、体験や経験だったりすれば、小説なんかよりずっと深くて面白いし、何しろためになる。

それと、心情の伴わない文章って「仏作って魂入れず」じゃない?

さらに、追い込みをかけると、本当に思っていないことを書いてばかりいると、自分を見失いかねないとも感じる。

これは、もの書きを目指している方は気をつけないととても危険だ。

                   ★

たくさんの人に読まれるために書いている・・・という人にむけて。

あくまでも、PVは結果に過ぎないよ。

もっと素直に自分が「経験したこと」や「思った、考えた、感じた」ことを書いて行く。

そして、究極は「誰かのことを真剣に思ったこと」を文章にしたい。

文章の本当の価値はそこにある。

たんなる、常識を並べた記事、誰かの考えを借りた記事、そういった価値を損ないかねない文章は誰の心にも触れないだろう。

不特定多数の誰かが求める記事ではなく「自分にしか書けない」記事を思い切り書いて行く。

それでいい。

もうね、PVとか売り上げとかSEOとか気にせず、颯爽と自分らしく書き進めて行こう!って思ったので書いてみた。

わたしにしか書けないものを書いて行く。

誰でも書けるものはそちらに任せておけばいい。

とか、強気(笑)

★2025年5月21日更新 熱量高く生きるために絶対必要なものは?【紙上講座・ブログのネタ作り】

【ブログ新規追加722回】

わたしのブログの書き方は長年の経験値から自然と「型」が決まってきた。

ここでいう「型」とは、見た目じゃなくて、いわゆるブログを執筆する上でのルールのようなものだ。

ここにルールのいくつかを記載してみる。

• 本を読んだらレビューを必ず書く。

• 仕事で新しいことがらを導入したとか、クレームを爆速で処理したとか、

仕事に関係するあらゆることがらを取りまとめて書く。

• 新しいガジェットや何かの機器を手に入れたら必ず、その性能と手に入れた理由を書く。

• 料理はそれほど上手じゃないけど料理に関することがらも必ず書くし、飲食店に行けば書く。

• 旅に行ったら、準備から旅程や泊まったホテルやかかったお金などほぼ、包み隠さず(笑)書く。

• 美容やファッションも少しだけ書く。

• 趣味の写真のこともかなり書いてきたな。

• そうそう、元々音楽家だったから、本当は「音楽大学関係」のネタだけでブログ1本を作るのもできるのよ。

・・・と、こんな風にいくらでも、書くネタには困らないのよ。

この羅列を延々やる自信があるもの。

そのぐらい、自分の生活全般を見つめ続けてきたと自負している。

ただ、まったく触れないというか、ごくたま~にいいことがあった時だけ「子ども」のことは書いているが、普段は完全に書かない。

読んで下さる方からすれば、「ど~してこんなに暑苦しいんだろう?」って、思われそうだな~~~と、書いている自分を遠巻きに見ていることが、時たまあるよ(笑)

だって、本当にど~でもいいことに「付加価値」を付けて長々と文章を連ねるクセがあるのだから、ある意味どうしょうもない。

上に書き出したネタは、すでに書き方が決まっているから「型」があると書いたのだ。

「型」とは、わたしのブログに向き合う姿勢が決まっているということに他ならない。

例えば、旅に行ったら、すぐに紀行文を書く。ほぼ寝かさない。

これは、熱量の問題だろうけど、美しい景色を見て感動してすぐに写真をアップするのは、意外と簡単だ。

スマホとSNSアカウントさえあればできるでしょ。

でも、ブログに文章として残したい気持ちが強いので、行った先々で写真を撮りながら頭の中で、軽~く編集するのが日常的。

で、熱量を高く保ったまま、当日か翌日には文章にまとめてしまう。

だから、写真はいっぱい撮らない。

Twitterを駆使しているブロガーや写真家が良く言っているのが「たった140文字と写真4枚でユーザーを感動させられるか?その土地に行きたい!って思わせられるか?」ってことなのだそうだ。

わたしが、いつでも、変わらずブログをアップするのには、こんな激戦区で頑張っている人達の言葉の後押しがあるからなんだ。

よ~し、わたしもやってみよう!と、暑苦しく毎日文章を書き、写真を撮り続けてきたのだ。

そして、「型」が決まっている書き方や撮り方をそろそろ、ブラッシュアップしたいと考えている最中。

それは、熱量高く生きるために書きたいのは、やっぱり「ライフスタイル」についてなのだ。

わたしなりに「こだわって」いるモノやコトについて、深く掘り下げて行きたい。

例えば、「今、流行り?の艶消しされた車マット(チッピング)塗装された車についてとか。だって、すごい存在感あるでしょ?艶消しってさ。

大好きな車のコトを書いてみよっかな?とか思うんだ。

ブログ全体の雰囲気も、もう少しアグレッシブな感じにしたいなあ・・・とか考えている。

今まで、触れてこなかった分野にも積極的に関わる(知る・興味を持つ)ことで、どんどん自分の底辺が広がる感じがするし。

そういったことを考える時間はちゃんとある。

問題は「さあ、書くぞ!」という熱量が必要だということ。

パワーアップするために、「本気の旅」も随所に取り入れながら

頑張ろうっと。

ひらめきのかけらをあつめた雑記~これがわたしのブログ~毎日更新を続けて2年~まだまだ成長中【紙上講座・ブログ論エッセイ】

【ブログ新規追加706回】

ブログは日記?

それとも防備禄?

そんな個人的な文章を日々連ねても、一旦SNS上に投稿してしまえば、「きっと誰かが読んでくれるだろう・・・」という希望的観測がわたしの中では湧き上がるんだ。

そして、気持ちの優しい多数のフォロワーさんに囲まれて、わたしのブログもすくすく成長を遂げてきた。

ブログは日記なんだから、辛いことや悲しいこと、怒っているなどをあけすけに書くのがいいとは、まったく思っていない。

ブログは日記かもしれないが、世界中、無料で誰でもが読める「必殺の文章」だから、大きく変わる可能性も秘めているものだ。

そんな公開度の高いものに、あけすけにどーでもいい話や人の悪口や嫌な出来事を書いてばかりいたらどーなるんだろう。

一時的には、「なんだか過激で面白そう!」と、人も寄ってきてくれるだろう。しかし、気づけば過激な発言を好む人が増えれば当然のごとく炎上も避けられないし、そういった面々に忖度するのもイヤなものだ。

だから、今まで通り、「愚痴・嫌み・嫉み」という三毒のないブログ記事を書き続けて行く。

そして、コンセプト(それを貫く概念)は~「ひらめき」と「好き」を集めた雑記~で。

                   ★

3年前、当時ブックレビューライターをやっていた頃、毎日大好きな書籍のレビューを書いていた。

いくら大好きなレビュー仕事でも、報酬を生活費の一環に充てていた。

要するに「ライスワーク」をやっていたんだ。(ライスワークとは文字通り食べるためにやる仕事。家庭のために使う費用も含む)

しかし、ある程度、まとまった原稿料を頂けていたので、すべてを生活費に充当せず、おもに旅の費用として、自分自身と家族の息抜きのために使っていた。

で、今、仕事で原稿を書いてはいない。

ここが肝心で、「ブログを書く」という行為を仕事と位置づけるブロガーも多いが、わたしは「本物の趣味」が持てた感覚でいっぱいなんだ。

だって、書くという行為が「ライフワークにまで引き上げられた」のだから。

確かにGoogleアドセンスやAmazonの広告料は有難いことに毎日入ってくる。

ただ、それが無ければ生きていけないわけじゃない。

広告先に気兼ねせず、好きなひらめき雑記文を書いて、わずかでも利益が出ている。

Googleなどの広告先の唯一の条件は「毎日更新」することだ。

それがやってみたら、ことのほか楽しい!毎日、何を書こうか?考えるだけでワクワクするんだもの。

たぶん、毎日更新というルーティンが性に合っているとしか思えない。

物書きとして、ずっと願っていた境地だ。

                  ★

さ、連休も終わる。GWに始めたブログが丸2年経って、今の心境を書き連ねてみた。

食べるためにど~しても書かなければならないという仕事もしていないし、死ぬまでにこれだけは書いておきたい!という願いもない。

目の前にある日常を、ただただ丁寧に取り上げて、手を抜かずに書いて行きたいだけだ。

これが、今のわたしのすべて。

そして、続ける過程でもご褒美があるとすれば、どこかの誰かが見つけて拾い上げて、書く仕事を与えてくれるかもしれない。

そんな幸運を夢見ながら、ひらめきと好きなことだけを書いて毎日更新する。

ああ、幸せ。

★2025年4月9日更新 ブログを毎日書く理由~有意義な執筆を続けるためにやる~読み手の視点も忘れず♪【紙上講座・ブログ執筆】

【ブログ新規追加682回】

わたしは、ブログ執筆を毎日続けている。(だいたい1000文字~2000文字で)

毎日公開というよりは、「毎日執筆する」のにこだわっている。

平日は毎日、外営業に出ている関係で、朝早くブログを書かなければならない。

習慣化できてきたので、やむなく取りやめ!とすることもなかった。

さて、なぜ、毎日執筆にこだわっているのか?

休まないのには理由がある。

一番大きな理由は、執筆という文章をしたためる作業もひとたび休んでしまえば、「下手になってしまう」からだ。

休みがもたらすマイナス要因は、文章そのものも稚拙になりやすく、書くスピードも落ちやすいことだろう。まあ、個人差があるけれど、少なくともわたしはそう、感じている。

ここで気づいたのは「執筆脳」という、言葉を規則正しく操る作業をするための思考があるみたいだ。

この執筆脳は、毎日続けるのが好物で(笑)毎日書いていると、自動的に書けるようになっていくんだよね。

写真にもおんなじことが言えるかも。「写真脳」っていうのもありそう。

要するに筋トレ=鍛錬なのだ。

毎日続けることで、生活の中に執筆する時間が流れている。まるで川のように。

だから、いつでも即執筆に取り掛かれる。

この感覚を習得できたことが、なによりも価値があるとさえ思っているのだ。

じっくり書く日もあるし、スピードを持って書く日もある。

読み手を思いやる視点を持つ日もあるし、完全な自己満足の日だってある(笑)

それもこれも、毎日執筆、毎日公開するといった行動にすべて集約されている。

だから、書いた内容に後悔はない。

日々、進化を続ける執筆業がブログという媒体を使うことで叶ったんだ。

365日自分を磨く・・・一般的に知的生産と言われる文章執筆で、己を磨くのは最高に楽しい。

脳内のモヤモヤを文字に変換する、形のない想いを文字に起こすなど、頭と身体にとてもいい刺激を与え続けてもいるのだ。

一種の健康法でもある。

毎日執筆が大好物な脳だって、一旦休みを与えてしまえばそっちのほうが遥かに楽しい!と、なって行くだろう。

そうなった脳を毎日執筆という正常値に戻すのにはかなりの労力が必要だ。

それであれば、短くてもいいから毎日書いたほうが心と身体(脳)の健康を保てる。

これまで7年間のブログ生活を続けてきた。

そこで感じたのは、休む恩恵よりも休んだあとのパフォーマンスを取り戻すのに注力せねばならなくなり、割が合わないなあ~とも思うのだ。

で、今日も元気に一本書きました(笑)

※TOP写真の話・・・ 昨日、家のまわりに咲く名もなき(名前を知らない)桜の終わりを撮ってきた。このところ仕事中心で、身近な花に目を向ける機会が少なくなっていた。夕方、風の強い中で撮った一枚。