『登山ボディ』芳須 勲 ・監修/著 山と渓谷社【選書・文化】

【ブログ新規追加481回】

登山に必要なトレーニング&栄養管理。

やっておきたいリセット&メンテナンス。

一生登れる体を手に入れよう。(装丁カバー文より)

• もくじ

1、理想に登山ボディとは

2、登山ボディをつくるトレーニング

3、登山ボディをつくる山の歩き方

4、登山ボディを維持するメンテナンス

5、登山ボディのための食事

• 簡単レビュー

安全な登山に必要なトレーニングと栄養管理、やっておきたいリセットとメンテナンス。

もっと楽に登りたい!体のケアってどうやったらいい?

多くの登山初心者が抱える疑問や悩みに適切に答える登山への体づくり指南書だ。

大判で目が弱くなってきた先輩方でも手に取って読みやすく、使いやすいヤマケイの人気「登山学校」シリーズ。

必読は筋肉、骨格の説明から各部位の強化として「トレーニング」「メンテナンス」をセットにして表示していること。

登れる体をつくるための食事も必見だ。

これ一冊で、まず登れる体をつくろう!

               ★★

個人的にこの登山ボディを読み込んで改めて知ったことは、トレーニング方法でもメンテ方法でもなかった。

同じ山に繰り返し登る」というのが一番良いと。

へえ~、だから毎週、高尾山に登るという人が多いのか。なんとなく納得。

毎回登る山を変えてしまうと、自分の体の体力や登山技術の向上がわかりにくいそうだ。(わたしは、未だ毎回山を変えている・泣笑)

同じ山を登ると、前回息が切れた場所をラクラク登れた!とか、足がつるクセがなくなった!とか。確かにいいこと尽くめ!

また、こうも書かれていた。「家の裏山(標高20~50m)があれば週3回登って、2~3キロ歩くのがおススメ」だそう。

これ、週明けからやってみよう!(家から5分のひよどり山は(標高154mで駅までは2キロってところでぴったり!)

また、仕事で歩くことが多いわたしにぴったりな、リセットウォ―キングというトレーニングもある。(リセットウォ―キング→登山後2~3日は、大股でダイナミックに歩くのがよい。登山で固まった筋肉をほぐす役目となるウォ―キング

さらに、リセットトレーニングでは「体の歪みの原因を知り解決する」という箇所が気に入った。今や生活習慣になっているPCやスマホ利用で猫背が心配な人は必読だ。

一年が過ぎる頃には驚くほど、体の向上が見られると書かれていた。

登れば、自分のコンディションがわかる。

自分の体の課題もわかる。

これだから、中年になってからのトレーニングはやらない手はないよ。

何も、山になんて登らない!という人でも一家に一冊あるといい。

誰でも生涯健康な体を保ちたい!と願っているはずだ。

体のことか気がかりだったら、こんな「体づくり」をメインにした一冊をどうぞ!

持ってしまえば、即やりたくなること請け合いよ。

一生、〇〇できる体が手に入る?!(笑)

(2319moji)

『東京発 ドラマチックハイキング』伊藤 幸明・著(株 スタジオ タック クリエイティブ )【選書・文化】

【ブログ新規追加480回】

すてきな本をみつけた。

まるで、女性編集者の監修?みたいなコンパクトな版型と優しい文章。可愛い季節のお花だらけの写真に目を奪われた。

著者、伊藤氏はれっきとした登山家で、登山コーチングシステム代表を務められている。

この書籍が発刊された平成22年頃、すでに国内の山1200ヵ所を登頂されている。

この書籍を読んで初めて知った「軽登山」という考え方と提案を取り上げてみる。

軽登山」とは、体力にものを言わせる登山ではなく、むしろ体力に自信のない方でも充分楽しめる登山の世界を模索し提案しているという。

さて、『東京発 ドラマチックハイキング』の簡単なレビューをしよう。

東京都心から行く16の山と高原・・・地図でロケーションを表示。全山が関東近郊にあり、日帰りから一泊の範囲で楽しめる。著者が「ぜひ、初心者に登って欲しい推し山」なのだそうだ。

16の山と高原(カッコ数字は標高)→高尾山(599)・筑波山(877)・赤岳(2899)・赤城山(1928)・天城山(1405)・岩山(328)・岩殿山(634)・大蔵高丸(1781)・御岳山/秩父御嶽山(1081)・尾瀬(1400)・雲取山(2017)・高山(1668)・大菩薩嶺(2057)・谷川岳(1977)・天狗山(1882)・水沢山1194)

この本の見方

1、その山の象徴的なワンカット(フォト)

2、現場で出会える景色 ① 眼前に迫る景色(フォト)

3、現場で出会える景色 ② 登山をイメージしやすいコース(フォト)

4、各山で出会える植物やコースの状況

5、アプローチ、コース&マップ情報

6、著者のコラム

登山家でベテラン山ガイドならではの情報量の多さと、本の可愛らしい外見のギャップが面白い。

また、「激混む時期を上手にずらして登るおすすめの月」や「初心者でも気後れせず楽しめる登山アプローチの方法」など細かく記されている。

「軽登山」という新しい発想の山のぼりなら長く続けられる

さて、冒頭に書き込んだ「軽登山」の説明を、書籍の編集者の文中から抜粋してみよう。

~登山には、本格的なものまでを含めて様々なカテゴリーがあります。著者の伊藤さんは、この本で紹介した山をすべてスニーカーで楽しむ「軽登山派」です。

伊藤さんが推奨する「軽登山=ハイキング」では、「道のついた登山道から外れない」ことをコンセプトとしています。

そのため、この本で紹介するルートはすべて登山道(ハイキングコース)です。

紹介する山には、一部本格的な山も含まれており、安全に楽しむためには体力や経験が必要です。

しかし、季節やコースを選び、しっかりとした計画を立てれば、多くの方には実現可能だというのが伊藤さんの主張であります。

ちょっとしたハイキングを入口に、登った山のコレクションを増やしたり、経験を積んで本格登山に挑戦したりといった、様々な楽しみ方が広がります~文中より抜粋。

              ★★

この文章で分かった「軽登山」というコンセプトだが、スニーカーで行けて、登山道がちゃんとある山を、計画的に登ろう!という極、単純な話みたいだ。

しかしこの中には、大変重要な着目点がある。

「登山道を外れない」というのは、よく動画(You Tube)などで見られる「岩山」や「道がない」などの無理な登山は「しないことに徹する」という話だ。

そしてもうひとつ、「ハイキングから入るのが登山」だという発想だ。伊藤氏はスニーカーで行ける山と表現された。

わたしは長年趣味で野山を歩きまわる、いわゆる頂上を目指さないスタイルのトレッキングを続けている。やはり、スニーカーでだ。

だから、行く先も丘陵や里山が多く、登山と名乗れる山へはあまり行っていない。

子どもの頃から17歳ぐらいまでは、富士山や八ヶ岳、筑波山や美ヶ原方面など数々の山に家族で登ってきた。

それも、大人になってからは、仕事や子育てなどやることに追われるうちに登山など、すっかり忘れてしまった。

この数年自分の時間が戻り、再びの登山熱が発生した感じなんだ。だから、基本的に初心者だといえる。

※ 登山レベルの簡単フローチャート(書籍より抜粋)

① 無雪期の生涯登山日数が300日を越えているか?(越えていれば次の段階へ。越えていない場合は初心者)

② 無雪期に森林限界を超える山に50回以上登っているか?(登っていれば中級者)

③ 参考コースタイムの考え方→初心者(特に中高年)は参考コースタイムの2~3割増しを目安として時間計算をしよう!

資料元→ワンダーフォーゲル編集部編『Q&A 登山の基本』山と渓谷社より


焦らず、毎月ひとつづつ挑戦したいわたしにはぴったりな「軽登山」だ。

月替わりの手帳には狙った日に、ひとつ⛰マークをつけるだけ。その⛰が今では、月の中心になっているのよ(笑)

著者のコラムで登場したすてきなエピソードは、都心で働くビジネスマンの話。

毎週土曜日の夜明けに始発で高尾山へ行き山頂まで登る。その間誰にも会わずひとり黙々と登頂を果たし、一週間を無事に終えられた儀式をするのだそうだ。

「軽登山」は外見的には「軽」だが、それが内なる探求につながるものなんだと高尾山とビジネスマンの話にいたく共感した。

スニーカーで挑戦する「軽登山=ハイキング」発想で、世界がまた広がった。シルバーウイークもハイキングに行ってくる予定。ああ、楽しい。

明日につながる身体づくり~トレーニングの大事さ

10代の頃なんてトレーニングなどまったく必要はなかった。

今、中年となってトレーニングの大事さに気が付いた。というかトレーニングなしでの山行はありえないとすら感じる。

で、明日はさらにすてきな本の紹介をする予定だ。

もちろん、トレーニングがらみでね(笑)

(2544moji)


『山なんて嫌いだった』市毛良枝・著(ヤマケイ文庫)~元祖山ガールたちに出会う週【選書・文化】

【ブログ新規追加472回】

山なんて嫌いだった』市毛良枝・著(ヤマケイ文庫)

• 簡単レビュー

芸能界一の山好きで知られている市毛良枝さん。

日本トレッキング協会の理事を務められていた頃、書かれた名書だ。(今から20年前)

40歳で友人に連れられて登った燕岳(標高2763m)が初登山だったそうだ(驚!)

この登山が女優、市毛良枝さんの人生観を大きく変える。そんな数々のドラマがこの書には淡々とつづられている。

山と出会い、心惹かれてゆく過程を素直に表現された初の書き下ろしエッセイである。

「努力・根性・汗をかくのがキライ!」という大の運動嫌いだった彼女が、山に登ることによってどんどん変化してゆくのが手に取るようにわかる。

初登山の燕岳から、南アルプス塩見岳、八甲田山、安達太良山、八ヶ岳、双六岳、槍ヶ岳、九重山、天城山、キリマンジャロまで、ほぼ10年間の山旅の全貌はもちろんのこと、『山と渓谷』取材の裏話や登山家(故・田部井淳子さんら多数)との交流、今ならSDGsで取り上げられるであろう山岳エコロジー問題、そして、ご自身の内面をつぶさに描き切った渾身の一書だ。

山でみつけたものは、自然の素晴らしさと本当の自分だった」文中より抜粋。

なぜ山に登るのか?山を知りたい人には必見の一書。

                ★

わたしの憧れ・元祖山ガールに会いにゆく

今週、満80歳を迎えた叔母に会いに行った。

平日の午前10時。叔母は家の裏で畑仕事中だった。

実に2年ぶりの再会だ。

叔母は、栗の木の下で雑草と夢中になって格闘している。声をかけたら

「まあ!〇〇子ちゃん!」と懐かしい優しい声で叫んでくれた。(昔のホームドラマの女優さん風できれいなの)

そこから、約100坪(ヘクタールにすると0.0330579・笑)ほどの畑の中を歩きながら、「どーしても話たいことがあるから上がって!」と懇願され、コロナだから「30分だけ」といいながら上がらせてもらった。

どーしても話たいこととは、親戚の方々の近況などだ。それも大事な情報源かもしれないと思い興味を示しながら聞かせてもらった。

叔母はそういえば大の山好きだった。膝や腰を患う前、70歳近くまでは、登山サークルに入って仲間たちと毎週のように山に馳せ参じていた。

そして、客間TVの横にあった「市毛良枝さんの本」のことを思い出したのだ。(※市毛良枝さんは現在71歳。先の「山なんて嫌いだった」を執筆した当時は50歳前後だった)

市毛良枝さんにも深く影響を受けたとも聞いた。

当時59歳だった叔母は「何か新しく挑戦したくて大好きな自然と関われる登山を趣味にした」と聞かされていた。

80歳のプレゼントは何にも持って行かなかった。ただ、元気な姪の姿を見せるだけで充分だと思ったからだ。

今、叔母の関心事はこの2年患っている圧迫骨折を完治させる術を知ることだ。

わたしは母の圧迫骨折を真近で見て介護をしてきたからそのエピソードを話した。そりゃあ、もう真剣に聞いてくれた。

「圧迫骨折が完治したら昔の登山や山行の話を聞かせてね!」と言っておいた。

いつものように、家の畑で収穫したじゃがいもと、たまねぎをいっぱいお土産に持たせてくれた。

叔母に会った日は、もらったじゃがいもをさっそく茹でながら、次の低山ハイクで履くトレッキングシューズの手入れをした。

わたしの憧れる「元祖山ガール」は80歳を迎えた叔母だという話。

『A HISTORY OF PICTURES 絵画の歴史~洞窟壁画からiPadまで』デイヴィット・ホックニー&マーティン・ゲイフォード・著 SEIGENSNA 【選書・文化】

【ブログ新規追加467回】

芸術の秋到来。

まったく絵を描かないわたしが、知る由もない絵画を書く際の行き詰まりや表現への苦悩。

そういった画家が持つ思考や悩み、絵画への尽きぬ情熱、新進気鋭のデバイスを利用した新創作への挑戦。

こんな情報が満載の一書を紹介する。

• 書籍概要

待望の増補普及版。時代と地域を超え、写真、映画、デジタルまでを網羅した画期的な絵画書である。

現代美術界の巨匠デイヴィッド・ホックニーが、美術批評家マーティン・ゲイフォードとの対談を通して 有史以来の視覚芸術に通底する表現の本質に迫る。

デイヴィッド・ホックニーは語る。

画像(Picture)を用いることは目で見たものを説明する唯一の方法。

しかし、三次元の人物、物、場所などを、二次元の絵画に置き換えるには、どうすればよいのか。

絵筆、カメラ、コンピューター・ソフトウェア用いて描かれた「画像」は、私たちが周囲の世界、ひいては私たち自身をどのように見ているかを理解するにはための大きな手がかりとなっている。

本書は、絵画(画像)の歴史を、著名な芸術界の第一人者同士の対話によって叙述したもの。

鋭い洞察を備え、自由な思考を促し、現実を表現する様々な方法に関する私たちの理解を深めるのに大いに役立つだろう。

• もくじ


序 画像、美術、そして歴史
1 画像と現実
2 徴をつける
3 影とごまかし
4 時間と空間を描く
5 ブルネレスキの鏡とアルベルティの窓
6 鏡と映像
7 ルネサンス:自然主義と理想主義
8 紙、絵具、複製される画像
9 舞台を描く、絵画を上演する
10 カラヴァッジョとカメラのような目付きの男たち
11 フェルメールとレンブラント:手、レンズ、そして心
12 「理性の時代」の真実と美
13 1839年以前と以後のカメラ
14 写真、真実、そして絵画
15 写真を使う絵画、使わない絵画
16 スナップショットと動く映像
17 映画とスチル写真
18 終わりのない画像の歴史

               ★

全頁366だが、装丁、中の絵画、作品のテキストが網羅されていて、二人のクリエイターの対談で一切が進められている、とても読みやすく楽しい本だった。

ただ3850円(税込み)と。

少し高価だが絵を描く人だったら一冊手元の持たれると良いと感じた。

特に「iPadで絵を描く」という現代のデバイスを瞬時に取り入れて素描した絵などとても興味深い。

わたしごとだが、チェコ人の友人(40代女性)の画家が、7年前だったかな、「iPadで描いた家の周りの自然」を表現した作品を集めた個展を有楽町で開いた。

当日行けないと打診すると、近所まで来てくれて、iPad の中の素描を見せてくれた。

緑の美しさや川の揺らぎなど、いつも身近にある風景が iPad で描かれたことで活き活きと現代風に表現できるのだな~っと、新鮮な気分にさせられたんだ。

今回、紹介する「絵画の歴史」では、おもに「画像」の話から二人の対談がはじまる。

画像の歴史は、洞窟に始まり、現時点では、コンピューターのディスプレイ上で終わると。

この先どうなるかは、誰にもわからない。

ひとつ確かなのは、「難題」がついてまわること。

三次元の世界を二次元上に表現するにはどうすればいいのだろうか?

と、こんな風に疑問で閉じられた対談&絵画集。

絵心のある方。

二人の対談を読まれて、この「難題」に取り組んでみるのも面白いかも。

わたしはできないんで(笑)

よろしかったら、ぜひ!


『騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編』村上春樹・著(新潮社)【選書・文化】

【ブログ新規追加450回】

一気に読んでしまった。

これまでの村上作品と比べて、遥かにモノゴトについての説明や登場人物についての情報が多く、わたしが思う「読者を置き去りにしない」秀逸な作品と言える。

小説を読むうえで、わたしが必要としているのは、伝えたいことについての説明や情報が詳細でなくとも、ある程度提供されているのを重要視している。

これまで数えきれないほど小説を読んできたから、内容が薄く書き手の勉強不足を補うリカバリーな文章表現にはもう騙されなくなった。

村上氏のこれでもか!という「ミルフィーユのように積み重なった膨大な勉強量」と「納得の行くまでゴリゴリと手直しされたであろう推敲のこん跡」が垣間見えるエンターテインメント性の高い芳醇な作品だ。

ああ、村上春樹氏ってどこまでも読者思いだったんだと改めて気が付いた(驚き!)

で、もったいないので、小説のレビューはよそう。できることなら読んでみてほしい。

簡単なあらすじだけ書き示しておく。

騎士団長殺し 第1部 顕れるイデア編

これは、36歳の男性画家(肖像画専門の画家)の話だ。結婚6年目にある日突然妻から「あなたとはもう一緒にやってはいけないから」とだけ言われた。

その日の内に画家は車で東北方面へあてもなく放浪の旅に出ていく。

2ヵ月ほど北の街を放浪したが、もう飽きてしまい画家仲間の友だちにいきさつを電話した。

友だちの提案により、友だちの父親(有名画家)が所有する小田原の別荘で暮らすことになる。

そこから、奇妙な事件やら問題に引きずり込まれていく。

キーワードは別荘の屋根裏に隠すように置いてあった、「騎士団長殺し」という名前のついた大型の絵画だった。それは有名画家が「ある問題」を明らかにするために描いた絵画らしい。

主人公画家は、このピカソ作ゲルニカを思わせる絵画の持つ秘密を暴くつもりはなかったが、どんどん不思議とも言える人物や現象に巻き込まれていく。

例えば、いわくつきの中年男性の依頼を受け肖像画を書く案件とか、なぜだか夜中に鈴の音が規則正しく鳴り響くとか、怪しい石室の存在など毎日がサスペンス極まりない状況を冷静に分析する主人公画家。

謎だらけの話がさらに謎を生む。

そんなある日、イデアが突然顕れる。

イデアとは、プラトンが生んだ哲学だ。

「見る」という動詞(idein) に由来する。元々は「見られている」ことを前提とした「姿」「形」を表す言葉である。

作品中、時おり主人公の前に姿を顕す身長60㎝のイデアは、まさに「騎士団長」の出で立ちをしていた。

イデアが顕れるようになってからは、不思議な現象にも説明がつき、いつしか現実でも非現実でもモノゴトは進んでいくし、まったく怖いものではなくなっていった。

しかもイデアは予言ができる。

この予言に従う主人公画家の行く末は・・・。

               ★

「第2部 還ろうメタファー編」では、主人公画家とイデアが遭遇する新たな局面(解決すべき問題)をどうやって乗り越えるのかが超楽しみだ。

第1部、第2部で1000ページにも及ぶ超大作。それを一気に読ませる村上氏の筆力には脱帽する。

※8月18日夕方の月

騎士団長の放つ名言に「目に見えるものが現実だ」「しっかりと目を開けて見ておればいいのだ」「判断はあとですればよい」と。

村上氏には珍しい、モノゴトの収束をさせる場面も多数あり、この作品は第3部が続編で出されるだろうと、多くのハルキストの話題となった記憶がある。

そうね。第3部が出たらぜひ、読みたい。

どうか、村上氏、煙に巻かないで・・・(笑)

※ 騎士団長のモチーフは、モーツアルト作オペラ「ドン・ジョバンニ」の名場面「地獄落ち」からだそうだ。

まず、タイトルありきの作品となった。




『ナイルパーチの女子会』柚木麻子・著(文藝春秋)【書評・文化】

【ブログ新規追加448回】

ねえ、ナイルパーチって魚知ってる?

スズキ目アカメ科アカメ属の淡水魚。淡泊な味で知られる食用魚だが、一つの生態系を壊してしまうほどの凶暴性を持つ。要注意外来生物だ。

回転ずしで使われている大半の白身魚は偽装魚である。偽装魚とは、味や調理によって使い勝手のよい安価な食材になり変われる代用魚のことである。

例えば、真鯛→ティラピア、ひらまさ→ナイルパーチ、あいなめ、えんがわ→アメリカナマズ などetc (資料先 / 回転寿司店はアメリカナマズとナイルパーチを大半の白身魚として出す)

ナイルパーチの女子会』柚木麻子・著(文藝春秋)

第二十八回山本周五郎賞&第三回高校生直木賞作品だ。

女の友情とはいったい何なのか?を描いた問題作。(2015年3月発刊)

• あらすじ

父親と同じ大手商社でバリバリ働く主人公(志村栄利子・30歳・独身)海外出張も多く多忙な栄利子のひそかな楽しみは、主婦ブロガーおひょうさん(丸尾翔子・30歳・既婚/夫と二人暮らし)の書く「ダメな主婦日記」を毎日読むことだ。

おひょうさんの紹介する回転寿司やコンビニパンやお菓子の新商品を買い込み食べながらブログを読むのが楽しくて仕方がない。

キャリアウーマン栄利子とは全く違う平凡な主婦おひょうさんのどーでもいい日常を垣間見て、それはそれはいいストレス解消になったのだ。

いつしか、おひょうさんのブログの熱心な読者となる。

さらにおひょうさんが栄利子と同じ街に住んでいることを突き止めた。

その後、ブログで知ったおひょうさん行きつけの店で二人は偶然の出会いを果たしそこから意気投合する。

しかし、それは偶然ではなく、栄利子のストーキング癖によって実現した出会い。

一旦は意気投合した二人だったが、おひょうさんは栄利子の執拗な待ち伏せに辟易し、彼女をストーカーと認定する。

女同志の蜜月は予想以上にあっけなく破綻した。

それは、他人との距離をうまくつかめない栄利子の一挙手一投足が原因でおひょうさんを遠ざけてしまったのだった。

だが、執拗におひょうさんに執着する栄利子は、まるでストーカーまがいの行動に度々打って出てしまう。

昔、中学生時代にも、幼馴染みの圭子から疎ましがられたことが許せず、ストーカーじみた行為を起こし、信じられない噂(圭子が援助交際しているというウソを流す)となって圭子の将来を潰した経験を持つ栄利子なのだ。

普段は、美しく優秀な商社勤めのOL栄利子。しかし、自分が避けられたり受け入れてもらえなくなったりすると逆上し、相手を食い尽くす狂暴な癖を持っていた。

まるで、偽装魚のナイルパーチみたいだ。スカンジナビア湖にたった一匹のナイルパーチを入れた時、あっという間に湖の生態系がナイルパーチの食い荒らしにより変わってしまったのだ。

商社でナイルパーチの輸入に携わる栄利子はナイルパーチの生態を勉強し、まるで女同志の友情のようだと反芻した。

何がなんでも、おひょうさんは私のものだと言わんばかりにストーキングを繰り返す栄利子はまるで狂暴なナイルパーチそのものだ。

執着する栄利子は悩みを相談した同僚の男と寝たことが婚約者の派遣女子・高杉真織にばれ、とんでもない約束をさせられてしまう。


一方、おひょうこと翔子も実家に問題を抱え――。

作家である重松清氏の解説・・・「本作『ナイルパーチの女子会』は、柚木麻子さんがデビュー以来追い求めてきた主題の一つの到達点であり、その後の柚木さんが展開する文学への結節点でもある。」

• 読後感

同性の友だちができない栄利子と翔子。ブルーの表紙、ふわふわしたイラストからはまったく想像できない女のドロドロ執着劇だ。

かなり狂気の世界なのに、誰にでも経験のありそうな女の「取った,取られた」から始まる当たり前の日常を巧みな言葉で表現する柚木麻子氏。

身近でありながら、登場人物たちが言葉を荒げる様は狂喜じみていて、何度も途中で読むのを止めようと思わせるが、結局栄利子と翔子の近々の将来が知りたくて最後まで読んでしまった。

ストーキングや社内いじめや家庭内介護のすさまじさなど、恐ろしくもあり身近でもある内容に目が離せなくなってしまったのだ。

女の持ち合わせている深層心理をえぐる内容が息苦しい。この作品を再度読み返そうとは思わない。

普通の女子がサイコだった話。

最終盤に差し掛かる頃、付きまとわれていた翔子も同じように、NORIという女にストーキングしてしまう。

誰もが栄利子になりうるのだ。

それまで、築き上げてきた世界をいとも簡単に崩す怖ろしい女の狂気劇だった。

もう、当分は回転寿司店へは行けない(笑)

「心がえぐられすぎてつらい」

手元にあるもので楽しむ能力が人生を豊かにする~コミック『こづかい万歳』を紹介🎶【選書・こづかい制の文化】

【ブログ新規追加435回】

「おこづかい」って子どもの時の最も大切な精神安定剤だった。働かなくてもお金が手元に入ってくる。

そうそう、お正月の「お年玉」もおんなじ。子どもならではの稼げる最高の習慣じゃあないだろうか。

そこへゆくと、大人となってからは、しっかり労働した対価がお金となって入ってくる仕組みを持つようになる。まったく意味合いは違うが毎月のお給料日は、子ども時代とは比べ物にならないほどの精神安定剤となっているはずだ。

せっせと働く夫が毎月働き終えたら、妻からもらう?「おこづかい」この制度も普遍なものなのだな。

汗水たらして働く夫。それを愛する家族ができたら、お給料、全部丸投げできちゃう。

日本人男性のそういう部分は本当に凄いし何よりその精神が尊いし有難い。

一方、年金の話だが、年金もいわゆる「おこづかい」的なイメージがどうしてもぬぐえない。

ま、それまでの人生の積み立てをきちんとやってきた人に渡される「ご褒美」なのだ。だから労働のイメージが湧かなくても当然だろう。

                 ★

さて、話は戻り、「おこづかい」をもらう旦那さんたちの使い方に注目したコミックを紹介しよう。

こづかい万歳』モーニングコミックス / 吉本浩二・著

簡単レビュー

「おこづかいもっとチョーだい!」

と、口ぐせのように叫んでいる漫画家の吉本氏が自らの自伝として認めた作品『おこづかい万歳』

作家、45歳。

毎月、低額?定額と言い直そう。2万1千円。これが作家の「おこづかい」だ。

その中から、執筆のお供の大好きな「お菓子」を何と、1万円近くも使い、あと半分の1万1千円は内緒の内緒だ。

ともすると子どもにおもちゃをねだられたりすればアウト!この楽しくも苦しい「おこづかい」の使い道や、悩ましく、いじいじと悩む「おこづかい」の攻防戦。

全国の「おこづかい生活」を営むすべての定額夫さまに送る、大人の「おこづかい」マンガなのだ。

               ★

こち亀」を思わせる画風と、「孤独のグルメ」を思わせる「おこづかい」の攻防戦や他人のもらっている金額の取材が非常に面白い。

『こづかい万歳』で取材を重ねる主人公。

その金額に、その使い方に、そのつど惜しみない共感が溢れ出る。

ああ~、みんな同じなんだ。

しかし、中には「おこづかい0円」という強者までいた。いったいどうやって毎月しのいでるのだろう?

その0円亭主は、上手に今ある物で楽しく暮らせているようだ。要するに人生の達人ってワケだ。

                 ★

えっ?ちょっと待って!わたしもそういえば「おこづかい」なんて自分にあげていないわ!

年金だって、まだまだだし。あるとすれば、小さなアドセンスの収益や印税などがこれに当たる。だから定額ではない。

しかし、「おこづかい」のないことに不自由はしていない。気づいてもいないもん(笑)

趣味が仕事とブログ執筆と写真。カメラも夫がくれた一眼だけ。体力づくりに低い山を歩くとかだ。別段お金のかかる趣味もサークル活動も持っていない。

そうか!わたしも0円仕事人主婦ってワケ。

そうそう、わが家の夫も「おこづかい制」で長年やってきたが、ポイント貯めるのが得意で、ほぼポイントで何でも賄っている。ポイ活上級者なのだ。

今や、現金をただ使うよりも、カード払いにしてポイントを貯めるのがいい感じ。

現代になっても一家の「おこづかい制」の概念だけはしっかりと根づいてる日本。

どう?

人の「おこづかい」知りたくなった?(笑)

燃え尽きたいと望み叶わなかったボクサー・栄光の背番号3によって消えた三塁手/勝負の世界に何かを賭け喪っていった者たちの物語『敗れざる者たち』沢木耕太郎・著【選書・文化】

【ブログ新規追加426回】

オリンピック5日目、アスリートの誰もが、喉から手が出るほど欲してやまない金メダルを早くも掴んだ選手がいる。

一方で、なぜだか、不安が的中した・・・という金メダル候補、まさかの予選落ち。

それぞれの戦いが明暗を分け始めたオリンピックの晴れ舞台。

TVで観戦する側もハラハラドキドキしつつも、アスリートたちがコロナ禍の中どんな思いで戦ってきたのであろうかと、心中を察するあまり「すべての選手が全力を出し切って戦える」ようにと、願ってやまない。

そんなスポーツ一色の中、ずいぶん前に図書館で予約をしておいたノンフィクション作家でありスポーツライターである沢木耕太郎氏の著書『敗れざる者たち』が届いた。

さっそく、オリンピック中継を観ながら読み始めた。

敗れざる者たち』沢木耕太郎・著(文春文庫)

もくじ

1、クレイになれなかった男たち

2、三人の三塁手

3、長距離ランナーの遺書

4、イシノヒカル、おまえは走った

5、さらば宝石

6、ドランカー(酔いどれ)

                 ★

読後レビューする。

               

『敗れざる者たち』見事なまでに名著である。

実在の人や動物(馬)による実話を、著者 沢木耕太郎氏の手にかけると、まるで魔法がかかったみたいに、活き活きとした作品に仕上がるのだ。

それぞれのアスリートたちの戦い切った後の姿が爽やかなこと、この上ない。また、著者自身がその気持ちに浸り切った文章に圧倒されもする。

ここでは確かに、ボクシング、野球、競馬、マラソンで華麗にチャンピオンとなり一流と呼ばれ頂点に立つことが「叶わなかった」アスリートたちの、「報われない」競技人生がこれでもか!と描かれている。

しかし、敗者の気持ちに浸り切った著者、沢木耕太郎氏の描くアスリートには微塵たりとも暗い影はない。

あるのは、無冠の帝王とも言える「終わった者たち」の清涼感だけだ。

これは、いったいどういうことなのであろうか?しばし、本を置いて考えてみた。

そして、かすかだが答えを導き出せた。

それは、沢木耕太郎氏の描くアスリートは、その人本来の持つ人生を「生き切る」ことに「夢中」だったのだ。

著者は「夢中」さをコアに戦いを描き切った。

そこには感動秘話や涙も汗もすべてを飲み込んで戦ったアスリートの昇華した姿があっただけだ。

「夢中」はすべてに通じる魔法なのかもしれない。

                ★

今朝、近所のヒマワリ畑に撮影に行った。

まだ7月だというのに、すでに花びらを枯らしたヒマワリも多く驚いた。

しかし、その横には、すくすくと太陽を浴びて伸びる真新しいヒマワリたちの姿もあった。

花の世界も戦いのまっただ中。 まさに「光と影」だ。

『1Q84 BOOK1 4月-6月』村上春樹・著(新潮社)【選書・文化】

【ブログ新規追加409回】

あなたの本棚には、「村上春樹」の本ってある?

あるとすれば、「ノルウェイの森 上・下」とか?

そうそう、あの一世を風靡した「1Q84 1/2/3」もあるんじゃない?

でも、それって読んだ?

わたしの、周りの読書家も、そうでない本好きでも誰も読んでないのよね。

わたしの友だちが言ってたの。

「ああ、あのタイプは本棚のオブジェよ」と。

いうなれば飾り。

現代では、むつかしい世界の文学全集とか、ほぼ見かけなくなった。

それだったら、当代きってのノーベル文学賞にこの数年、毎年ノミネートされ続ける希代の作家「村上春樹」のベストセラーが、部屋の本棚に並んでいるというのが、現代のアカデミズムなんじゃあないんだろうか?

たとえ、読んでなくても「持ってる」ことに意味があるのかも(笑)

              ★

1Q84」→推定部数(シリーズ3作)300万冊を売り切った。要するに大ヒットベストセラーとなった。

こぼれ話だが、2006年に「フランツ・カフカ賞」を受賞して以来、毎年「ノーベル文学賞」を受賞するかもしれない、という話題がある。

その中、この「1Q84」は2009年5月に発売された。当時は発売前の事前注文も空前の冊数を記録したし、どこの本屋でもピラミッドやトーテムポールを狙ったかのようなオブジェを「1Q84」商品で作り、世間をあっと言わせる購買戦略を取った書籍である。

そうそう、売り方もオブジェさながらだった。

書店営業を始めて1年がたった頃だった。

で、わたしもその大ベストセラーを購入しようか?と、ずいぶん迷ったが、なぜかスル―してしまった。

その理由が、「ノルウェイの森」を読んで、気分が悪くなったトラウマからだった。

以外なほど、村上氏の作品には、男女の営みが多く描かれている。その辺だけでも受け付けにくかったのもある。

でも、書かれている場所が新宿だったり、国分寺だったり、知っているというのは馴染みが良く、JAZZの話、バーや喫茶店での過ごし方やJBLのスピーカーから醸し出されるJAZZの音色の話はわたしをときめかせたりもした。

やっぱり、トラウマになった決定打は、この作品全体の持つ「暗さ」だ。「自殺」をテーマにしてるのもねえ。

わざわざ自殺するために読むような本だったとは。(あくまでも個人的見解ゆえ)

でも、「ノルウェイの森 上・下」で村上春樹という作家を認知した人は多いだろう。

で、問題なく大ベストセラーとなり、映画化された。

わたしの気分が悪くなろーが、イヤだろーがそんなのカンケ―ネ~だった(笑)

                ★

先日なぜだか、夫がブックオフオンラインでこの大長編作「1Q84」全3巻を買い求めた。(大人買い・笑)

理由は、内容だったようだ。
(リーマンショック後の金融と経済資本主義の行方などから)

わたしは、とっさに「いよいよ、読む時が来た!」と、勝手に夏休みの読書スケジュールに入れようと考えた。

しかし、今回の皮膚細菌感染症の悪化から股関節炎に罹り、丸三日なにもできず、家に籠る日ができたことから「1Q84 1」を読んだのだ。

希代の作家の作品を13年ぶりにひも解いた。

本の帯には「Q なにが起こっているのだろう。」という一文が書かれている。

まるで、わけのわからない細菌に感染したわたしの心境みたいだと思った(笑)

そして、ダブル主人公の青豆(29歳女性)と天吾 (29歳男性)という二人の数奇な運命に翻弄されつつも、スリル満点のサスペンス仕立ての文章がなにより素晴らしい。

エンターテインメントとして、最高に楽しい読書ができた3日間だった。

              ★

簡単レビュー

主人公は2人だ。

青豆(あおまめ)女性で29歳、仕事はスポーツクラブのインストラクターだ。もう一人の主人公である天吾(てんご)男性も29歳。予備校の数学講師をしながら小説を書いている。

これで、何をいわんとするか?といえば、二人が同じ町の同じ小学校に通っていた過去がある。

第1巻の途中にその場面が出てくる。

父子家庭だった天吾。NHK視聴料を集金する父親。その父親に日曜日は集金で一日中連れまわされる。そんな過酷な生活が小学5年生まで続いた。

意外なほど天吾は体が大きく、浅黒く勉強もできたことから、クラスでは一目置かれる状況。しかし、NHKの集金で父親と町中を歩いていた時、クラスメイトにその姿を見られてから友だちはいなくなった。

一方の青豆は「〇〇〇の証人」という新興宗教の信者だった母親に連れまわされ、週末は電車で様々な街へ布教活動に出ていた。それも5年生まで。クラスでは、親しい友だちもいなく、いつも一人でいた。

ある日、理科の実験中に同じテーブルの男子に「こいつんち〇〇〇の証人でさ、手術も輸血できないんだってよ!」と、みんなの前で青豆を非難し始めた。その騒ぎから青豆を救ったのが天吾だった。

同じ境遇を感じたのだろう。

そんな天吾と青豆は孤独な10歳の少年少女として、誰もいない放課後の教室で黙って手を握り見つめ合う。

10歳になった時、天吾は父親に「もう集金には行かない」と宣言した。時同じくして青豆も母親に「もう布教活動に行かない」と宣言し、家を出た。それから行く当てのない青豆の壮絶な人生が始まった。

しかし、そのまま二人はそれぞれの事情で別れ別れになってしまう。相思いながら互いの消息を知ることなく月日は流れていった。

青豆は、いつかどこかで天吾とすれ違う日(出会う日)を願って生きてきた。

1984年4月、2人は個別にそれまでの世界と微妙に異なる「1Q84年」の世界に没入していく。

ある老婦人から依頼を受け、人を始末する殺人鬼となっていた青豆。自分で開発した武器を使って29歳ですでに3人をあっちの世界へ葬った。

小説家になるため、ある編集者から依頼を受け「新人文学賞」ノミネート作品の総書き直しを仕事とする天吾。

青豆は某カルト教団(〇〇〇真理教)のトップリーダーの暗殺を依頼され企てる。

一方の天吾は書き直した小説が見事新人賞を獲るも詐欺行為だと心底思い悩む。

そこから新人賞元作者と元作者の育ての親から聞かされる某カルト教団の胡散臭いというか血なまぐさい活動の全貌を知るのだ。

書き直した新人賞作品に書かれているのは、某カルト教団の真実なのか?

青豆と天吾の距離が少しづつ近づく超大作サスペンス。

ここまでが第1巻。

次も読むか?

当然でしょ!



                

『日本で、ヒュッゲに暮らす』イェンス・イェンセン PARCO出版【書評・文化】

【ブログ新規追加394回】

日本で、ヒュッゲに暮らす』イェンス・イェンセン・著(PARCO出版)

ヒュッゲって何語?デンマーク語だそう。綴りは「Hygge」と書く。動詞でも名詞でも使え、「Hyggelig(t)」と書けば形容詞にもなる。

この言葉の意味は、「嬉しい・悲しい」などの人が感じる気持ちを端的に表している言葉なのだそうだ。

ちなみに、みんなでお酒を呑んで、ワイワイやるのはヒュッゲとは言わない。

要するに「楽しい」という感情は違うのだそうだ。何やらめんどくさ・・・。

• チルってる?とヒュッゲは同意語かどうか

そこで、少し前に、日本の若い人の間で流行った「チル」という表現を思い出したのだ。

このチルとは、「のんびり・まったり」や「癒し」などの心身のリラックス状態を表す言葉。

若い人の間で特にネット上で流行ったスラング(俗語)だ。

テンポの遅い曲をチル系と呼んだり、そういったゆるいライフスタイルを好む人たちをチルアウト系と呼んだりするのだそうだ。

これって、デンマークのヒュッゲに似てない?ひたすら心地よい空間を求める生き方や仕事の仕方が日本でも若い人の間から沸き起こっていたのを思い出した。

• 著者のいうヒュッゲの実現には時間が必要

日本とデンマークの決定的な違いは時間の使い方だという。デンマークのライフワークバランスの取り方はこうだ。

1日を3つのブロックに分ける方法(①仕事8時間 ②自分の時間8時間 ③寝る時間8時間)だと。

日本人はもっと働いているように思うとも。その仕事時間革命を奥さんと始める著者。

そういった人間本来のあり方をデンマーク人でありながら日本に住んで体現している様を一冊にまとめた書籍だ。

• さっそく読後感想を。

たしかに、ちょっとおしゃれだが、著者自身の文章に男性特有の無骨さがある。

まず、仕事の時間配分について、日本人である奥さんの働き方に異論を唱え徹底的に話し合う。

その結果、奥さんが仕事を辞めて、本来やりたかった手仕事を始めるというくだりでは唖然としてしまった。

「すごく話し合った」のだという。すべてにおいてこの繰り返しだったら・・・。

ちょっとわたしには合わないと率直に感じた。

「日本人は仕事が命」そう言い切る著者。だが、どうだろうか?今の日本で先ほど取り上げた「チル」する若者の存在を知っているのであろうか?まあ、4年前だから仕方ないか。

じわじわと、周りが変化しているかもしれないよね。

自分の親世代の生き方をどこまでも大切にする著者。わたしには「圧」を感じる文面が多かったのも事実。

しかし、何か生き方の柱のようなものを求めている場合には、大いに取り入れるのもいいのかもしれない。

一冊の本から生活規範を学ぶのも悪くはないだろう。

この書籍は2018年刊行された。それから約4年の間にコロナをはじめ、大きく世界は変わったのだから、「今までの生活習慣がすべて正しい」とはとても言えないと感じた。

                 ☆彡

もくじ

はじめに

1章 ヒュッゲなインテリア

2章 おいしい時間のヒュッゲ

3章 心がふれあうヒュッゲ

おわりに

•さて、 簡単レビューを書く

~北欧デンマーク流ライフスタイル“ヒュッゲ”で心地よく暮らすアイデア。

家具・食事・時間の工夫で変わる。

日本で“ヒュッゲ” を感じて豊かに生きるヒントがいっぱいデンマーク+日本の混合ヒュッゲで暮らしをもっと楽しもう~

                ☆彡

徹底的に「心地よく暮す」に注力した本だ。

子育て、パートナーシップ、コミュニティの在り方、仕事の仕方など様々な範囲を網羅している。

しっかし、おしゃれな北欧ばかりじゃないよ!と、小さなパンチを喰らった一冊。

たまには合わない本も紹介したくて登場させた。

興味があればぜひ!