「都民の日」都内の文化施設で秋の芸術鑑賞を嗜む一日【暮らし・都民の日を楽しむ】

【ブログ新規追加1564回】

10月1日(木)「都民の日」は、都内にある様々な文化施設が無料で拝見できる貴重な日。

五反田出勤日だったので、会議までの午前中を「東京都写真美術館」で開催中の展覧会を観てきた。

まず、アクセスはJR山の手線恵比寿駅で下車。そこから恵比寿ガーデンプレイスへ直行できる「歩く歩道SKY WALK」で🍺工場のアナウンスなどを見ながらあっという間に恵比寿ガーデンプレイスへ出る。

やっと晴れ渡った10月1日。恵比寿ビールの看板に心が躍る(笑)でも、仕事前なので我慢・我慢。

恵比寿ガーデンプレイスタワーに着いた。ここから東京都写真美術館へGO。

建物外観にも巨大ポートレートが展示されている。

入場すると、都民の日入場券が配られる。さすが入場料900円が無料とあって人がいっぱい。

3つの展覧会を案内と数枚の写真で紹介する。

2F 展示室

2026.9.30(水)—2027.1.17(日)

デュエット――アジアン・コンテンポラリー」

展覧会会場では動画禁止で作品撮影はOKだったので、数枚撮らせて頂いた。

3F 展示室

2026.9.30(水)—2027.1.17(日)

ふたたびくみたてる 日本の新進作家 vol.23

※ この展覧会作品はほぼアップロードできず。案内のみ。

B1F 展示室

2026.9.5(土)—10.18(日)

TOKYOスマート・カルチャー・プロジェクト 奈良女子大学 長谷研究室「複製される感性-森山大道」

作品の一部。

1F ホール

2026.10.1(木)—10.31(土)

「OneCoin映画館~ショートフィルム特選~」10月

地下1階から3階までの展覧会すべてを駆け足で拝見してきた。

日本初の写真と映像を専門にする美術館。

多彩な企画展を中心に国内外の優れた作品を観られて、良い刺激を受けた。

秋はやっぱり、芸術鑑賞が一番だと感じた一日。

~はたらく・あそぶ・ひらめく街、恵比寿~


ブルーシールアイスクリームのショップが素敵だったので一枚撮る。

それでは、また!

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『SunTAMA Style』2020年10月2日記事

『SunTAMA Style』2024年10月2日記事

『Life Tour21 st』2015年10月2日記事

https://lifetour.blog.jp/archives/1067196758.html

「歩く、飲む、話しを聞く-ワインカントリーの旅」

『本当の登山の話をしよう』服部 文祥・著(株式会社 デコ)【選書・文化】

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『本当の登山の話をしよう』服部 文祥・著(株式会社 デコ)

簡単レビュー

人はなぜ山に登るのか――著者30年にわたる「登山批評」の集大成。
第Ⅰ部は、デビュー作『サバイバル登山家』以前に書かれた、著者の原点ともいうべき隠れた名篇のほか、若き日に憧れた和田城志へのインタビュー、山で書いた「遺書」についての回想記を収める。
第Ⅱ部は、山野井泰史、星野道夫、フリチョフ・ナンセン、デルスー・ウザーラ、ウォルター・ウェストンら、著者が敬愛する人物たちを通して登山とは何かに迫る。また、クマとのつきあい方、世界と日本の最高所の意義について私論を展開する。
第Ⅲ部は、廃山村での自給自足のほか、狩猟のパートナー・ナツ(犬)の失踪騒動、もうひとつのライフワーク・中距離走の喜びなど、近年の暮らしのあれこれを語る。最後に、登山よりも先に志したという文章表現について論じる。

              ー--

〈なぜ山に登るのかという質問を、山に登らない多くの人が、山に登る人に投げかける。
わかりやすく答えるのは難しい。質問に含まれる「なぜ」の裏には、「辛くて、大変で、無償なうえに、もしかしたら死ぬかもしれないのに、なぜ」という思いが隠されているからだ。「死ぬかもしれないのになぜ」とまっすぐ聞いてくれるなら、風景やストレス発散が、登山の理由にならないことは明白だ。景色を見るために死ぬ思いをする人はあまりいない。
山に登る理由はただ一つ、自己表現だと、思っている。自分が山(ひいては地球というフィールド)で何ができるのか。それを知りたいし、示したい。そういう意味では芸術一般と変わりがない。登山はダンスに似た身体表現の一種類だと私は考える。〉「富士山 世界で一番手頃な高所」より

             ★★★

わたしの同僚に、まったく登山をしないが「山岳小説を読む」ことや「山岳雑誌」を日常的に眺めることや、登山周辺のギア、ファッションなどに精通している方がいた(女性よ)

彼女がよく言っていた。

「山岳小説やエッセイってすごく面白いよね!」と。

わたしもそう思う。

そもそも登山とは、「審判や観客がいないところで行われるため、記録や報告文を残すのが登山家の重要な行為になっている」と教えてくれた。

そして、こうも言っていたな。

「だってさ、自然って、生命に対して無関心じゃん!吹雪になって、どんなに祈ろうと、叫ぼうと、お金を積もうと、自然は何もしてはくれないよ」と。

そんな、「超過酷で、しかも命がけで、無償の登山記録が読める書籍は、宝物じゃない!?」とまで言っていた。

職場にこうした「一見の価値」を認めつつ、「登山とは・・・一体なんだろう?」って、見つめる同胞が居た。

今思い起しても幸せな時間を共有できた。

                ー--

今回、紹介した「本当の登山の話をしよう」の著者である、服部 文祥氏は、登山の核心について、冒頭で述べている。

かなりの見栄っ張りな性格の著者は、早い時期から「ひと昔前の登山ヒエラルキー」に性根が侵されていたのだそうだ。

誰よりも早く、日本よりも海外のアルプスへ。

海外のアルプスよりヒマラヤへ、という風に。

そして、登山家の憧れ「K2」の遠征に参加することができた。

どんどん、ヒエラルキーの階段を「どうだ!」と言わんばかりに登り詰めていくのだが。

その後、ヒエラルキーなどまったく意味を持たない、ヒマラヤの麓で暮らす村人に刺激を受け、己の目指す道「サバイバル登山家」のスタイルが確立されていく。

要するに、K2が「本当に登りたい山じゃなかった!」ってことだと。

K2の遠征に参加したのは、「世界の憧れK2の登頂者」という肩書が欲しかっただけ。

当時のガールフレンドには「山登りなんて、ヒモをつけて岩を登るんでしょ?」と言われ、母親からは「命がけのことがカッコいいと思ってるんでしょ?!」と言われ、仕事の同期からも「それって、現実逃避なんじゃない?!」とか。

総じて、皆が皆、同じことを言う。

エッセイの中では、それは「なぜ、山に登るのか?」に意味を見つけることにそれぞれが躍起になってしまったように思えた。

とういうわけで、この書籍もかなり面白い登山の話がこれでもか!というぐらい披露されている。

しかも、すべて著者本人が体験した話。臨場感抜群だ(笑)

というわけで、普段は1000mから2000mぐらいの国内低山でハイキングをするわたしも、雨の続く今年のグリーンシーズンは読書三昧だったわ。

10月の最後あたりでどこかの低山にハイキングに出かけたいなあ。

それでは、また!

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『SunTAMA Style』2025年9月30日記事