「souvenir2025 ~mariya takeuchi live~ 」
竹内まりやは1955年3月20日生まれの71歳。
とても71歳に見えない。
60代だと思っていた。若く見えると思わない?
そんな70代の彼女が、11年ぶりにドームツアーを終えての最新アルバムが今日発売された。
昨今、日本のシティ・ポップスが世界的な大流行を受けて、『プラスティック・ラブ』(1984年) – 世界的なブームの火付け役となった竹内まりやさん。
海外でも「シティポップの女王」と称されるマスターピースである。
周囲から「もう一度、歌って!」との要請が彼女の背中を押したのだと聞いた。
我が家の夫と同学年で、出身も近いことから、親近感もあった方。
★★★
どんな風に歳を重ねてきたんだろう・・・昨年?幾度かTV番組でインタビューを観たのだが、とってもいい感じにお歳を重ねられているように思えて、ちょっと嬉しかったわ。
そして、勢力的にドームツアーをこなされて「凄い!」としか思えない!
わたしもまだまだ頑張れる!そんな気持ちにもなれた。
動画は短いのでぜひ!観てね(^^
ー-----
◎ 日本のシティ・ポップとは?
1970〜80年代の日本で制作された「シティポップ」は、YouTubeなどの動画サイトやSNSをきっかけに世界的な大ブームとなった。
都会的で洗練されたサウンドと、現代の海外リスナーが抱く日本の「バブル時代」への憧れやノスタルジーが融合し、国境と世代を超えて熱狂的な支持を集めている。
日本のシティポップが世界的に大流行した背景には、インターネットを通じた音楽カルチャーの交差点が存在している。
なぜ、世界で大流行したのか?
海外のリスナーにとって、当時の日本特有の豪華なスタジオ環境で作られた高度なアレンジや、ソウル、ファンク、ジャズをミックスした音楽性が非常に新鮮かつ高品質に響いたことが最大の理由。
また、1980年代の日本の経済的繁栄(バブル期)の持つ「キラキラとした都会のイメージ」が、当時のレコードジャケットやアニメのビジュアルと結びつき、独自の魅力的な世界観としてSNS上で受容された。
ブームの火付け役となった楽曲は?
世界的ブームのきっかけとなった代表的な曲として、以下の2曲が挙げられます。
松原みき「真夜中のドア〜Stay With Me」:音楽ストリーミングサービスで世界中の若者に聴かれ、海外アーティストによるカバーやサンプリングも多数制作された。
竹内まりや「プラスティック・ラブ」:海外のDJやトラックメイカーによってネット上で拡散され、シティポップ・リバイバルの象徴となりました。
サブカルチャーからの影響(ヴェイパーウェイヴ)
2010年代半ば、インターネット上で生まれた音楽ジャンル「ヴェイパーウェイヴ」や「フューチャーファンク」のクリエイターたちが、80年代の日本の楽曲をサンプリングしてリミックスしたこともブームを大きく後押しした。
これにより、日本の過去の音楽が新しいクラブミュージックとして世界の若者たちに「発見」された。
時代や国境を越えて今なお世界中を魅了している日本のシティポップについて、ざっとまとめてみたよ。
それでは、また!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――旧記事更新
『SunTAMA Style』2022年7月22日記事
https://www.aylife.site/post-15675
「腸と森はよく似ている~土壌を育てるために必要なアレコレとは?【健康/文化・腸の話】

『SunTAMA Style』2024年7月22日記事
『Life Tour21 st』2015年7月22日記事
https://lifetour.blog.jp/archives/1034741406.html
「オーケストラを5倍楽しむ方法」





























