節分草 ~ 2・28 やっと出会えた春を告げる山野草/ボタニカルライフ⑥【植物・節分草】

【ブログ新規追加285回】

● 節分草の花言葉・・・ 「気品」「光輝「微笑み」「人間嫌い」

今年の節分草を待ち焦がれていた。

あっという間に過ぎ去る2月最終日。

そのはかない姿をある野山で発見できた。

そこは、表の太陽がほとんど射さない薄暗い山道。

わたしがカメラを向けてあーだ、こーだと格闘していると、横からギャラリーさんが、

「どう?きれいに撮れる?」

「ここはダメでしょ。だって、花が全員別の方向を向いちゃってるんだもの」と。

わたしは、すかさず「そうなんですよね。でも、恥じらいを感じる「ここの節分草」が好きなんですよ」と話すと、苦笑いを返された。

そんな話をしていると、通りがかりのギャラリーさんたちが、「ここの節分草はまったく映えないね」と言い、まるで「被写体としての価値だけ」があるかないかの話して通り去って行く。

きれいに撮れるか?よりも、今年もここで「種の保存」を健気に繰り返すこの春告げ草の役割りに感動するわたし。

俗世間の「映え」とか、一瞬で魅力をわしづかみにするショットがそんなに価値があるの?

わたしには、丸一年じっくりと、この薄暗い森で息を繋ぐ節分草のしぶとさには「映え」なんか、まったく適うものではないなと、密かに価値を置き換えてきた。

節分草で有名な「国営昭和記念公園」「都立野川公園」は節分草の咲く2月は満員御礼。

花が華と化しているその場所には、まったくと言っていいほど、日陰や薄明りが射す場所はない。

可哀想なぐらいに、陽の光を浴びてしまい、早々に散り行く。それは、人の手で操作された現象だ。

はかなさをなぜ、待ちわびないのだろう?

そんなに急かさなくても、スプリングエフェメラルは、草花なのに、まるで勤勉で忠実な人のようにに真面目にきちんと咲くのに。

わたしが、見に行った節分草は「都立片倉城跡公園」でひっそり咲いている。

資料先(山Reco)→https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-2222888.html

「映え」を望むのは難しいぐらい、ぽつぽつとささやかに咲いている。

しかし、目を凝らしてよ~く見ていると、無数に咲くその花の小さな蕾が見えてくるのだ。

それは、カメラに納められるものではなく、心に納めるものなんだろう。

大事なものは、簡単には目には見えないようだ。

“節分草 ~ 2・28 やっと出会えた春を告げる山野草/ボタニカルライフ⑥【植物・節分草】” への2件の返信

  1. 「ホップして ジャンプするかな スプリング」 清流
     春は跳躍、希望の春だ。弥生の空に思いっきり飛躍して、4月新年度のプロジェクトを希望のスタートとしよう。激しく、弛まず、恐れず、朗らかに、そして堂々と。

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