文体が好きだから読む~もはや好きな文体がみつかったら文章とかどうでもいいのかも  【紙上講座・文体論】

【ブログ新規追加186回】

旅先でなぜか、文体のことをずっと考えていた。

わたしは、片岡義男氏や村上龍氏の作品の大ファンである。もう30年以上も。

それでも、そういった作品たちを肌身離さず読み続けてきたか?といえばそんなことはない。

だって、人の好みは日々移り変わるもの。無数に存在する作家の文体にたくさん触れて、好みの文体を見つけていくことは、わたしの一生をかけてのささやかなライフワークなのだ。

 文体とは

文章の様式。和文体、漢文体、あるいは書簡体など

筆者の個性的特色が見られる、文章のスタイル

と。

また、文体とは、文章を書くスタイルのことで、物語であれば主人公や作者の着眼点によって差が出てくるものだといえる。

この簡単な説明で文体のすべてを語れるわけではないが、要するに、個性的な文体を持つ作家なり書き手を見つけるのが、読者の最大の楽しみであるのは間違いないだろう。

ここで、「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」村上春樹(著)新潮文庫 からの一節を取り出してみよう。

~旅行というのはいいものだなと思う。

人の心の中にしか残らないもの、

だからこそ何よりも貴重なものを、

旅は僕らに与えてくれる。

その時は気づかなくても、

あとでそれを知ることになるものを。

もしそうでなかったら、

いったい誰が旅行なんかするだろう?~

村上春樹

わたしは、この数年、村上春樹氏のエッセイをかなり読み込んできた。それは、独特な乾いたというか、ストレートな表現がピタっと心に刺さったから。

無駄のないストレートでクリーンな文体。「僕ら」と言い切ることで、仲間、共有を図る憎い表現のしかたなど。

あらためて、独自の文体を持てる書き手の幸せを共有する、いうなれば、読み手=こちら側の幸せ感を村上春樹氏の作品が与えてくれた。

これこそが、「旅」であり「貴重な体験」だろう。

どうぞ、お好きな文体を見つけてみて。

きっと幸せ感が倍増するから。

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