少しのお金と豊富な時間を持ち、やりがいのある仕事を得た人生は果たしてリッチか?【仕事・質を高める】

【ブログ新規追加752回】

このブログは、今のわたしのライフスタイル=ワークスタイルの基本を打ち立てて、有言実行するための重要なツールとなっている。

おもに「心と身体と財布に優しい」スタイルだ。

中でも、無駄や見栄や無理は必要とせず、こころから人生を楽しむために必要な「健康」と、少しの「お金」そしてやりがいのある「仕事」と、この3点に注力しながら書き進めてきたのだ。

ただ、わたしはキャッシュリッチにはあまり関心がない。


キャッシュリッチとは、文字通り、経済的に豊になることだ。

稼いだお金で高級車に乗っているとか、ハイグレードなホテルに泊まり歩き、高級な食事を摂るとか、全部こういったことは、お金が解決してくれる。

それよりは、タイムリッチを目指したいな・・・と、ずいぶん前からそう、考えてきた。

時間にゆとりを持って働き、地味ながら心も身体も労わる生活をね。

寝る間を惜しんで働き、その結果経済的に豊かになっても、自由な時間がなく消耗して生きるのでは価値がない。

50代の数年間、わたしは会社員としての仕事とは別にライターを兼業していた。

その間はあまりにも忙しく働き過ぎて、結果、自分の時間を犠牲にしてきたのだ。

その経験をして気がついたことは、「犠牲にしてきた時間は、わたしの命で、分身みたいなものだった」と。

何が言いたいのか?

時間を大切にする!と、決意しなければ、時間はどんどんなくなって行ってしまうものだと気がついたってわけ。

より、他人より多く稼ぎたい!とか、大きな家に住みたい!とか、高級車に乗りたい!とか、高価な衣服や食事をずっと得ていたいとか・・・。

こういった、欲にまみれるために働くのは、まったくナンセンス(笑)

お金は少しでいい。その方が自然だから。

その分、時間に関しては「生み出せる」という自信を持っている。

よって、「少しのお金と、やりがいのある仕事と、豊富な時間」を持つことに成功したのだ。

わたしのブログでは、そんなタイムリッチを実行するライフスタイルや思考法、ワークスタイルを、読みやすい2000文字程度の文章と、自前の写真で毎日更新している。

長い間、「時間」の概念を追求してきたのだけれど、「時間」はある日突然、大量に生み出されるわけではない。

小さな積み重ねが積もり積もって大きな力へと変化するものなのだ。

なぜ、わたしがタイムリッチを目指してきたのか?それは、「学ぶ時間の確保」に他ならない。

「学び」と堅苦しいイメージがあるかもしれないが、まったく違うのだ。

究極を言えば、「死ぬ直前まで、本を読み、人と語らい、山や自然を愛で、少しの美味しいモノを食べ、飲み」という人生を全うしたいがためなのだ。

学ぶことで、知らなかったことを知り、できなかったことができるようになる。

人生も文脈に司られているということを知り謙虚に学ぶ姿勢さえあれば、いつだってタイムリッチにはなれるのだ。

しかも、0円で(笑)

また、できることが増えると、それを仕事で実践でき、自分の武器が増えていくので、学ぶ→できる→仕事になるというサイクルを持てるとそりゃあ、人生が楽しくて仕方がなくなる。

ただ、「ガツガツ学ぶ」とかいうのとはちょっと違う。

かの、アメリカ自動車王 ヘンリー・フォードの遺した言葉だが「20歳であろうが80歳であろうが、学ぶことをやめた者は老人である。学び続ける者はいつまでも若い。人生で一番大事なことは、若い精神を持ち続けることなのだ」とある。

この言葉と出会った20代の頃、「そうだ!死ぬまで学び続けよう!」と、決意した。

こうして、生涯学習の癖をつけること、数十年。

今では、日々学ぶことを仕事や家庭生活と同等に扱い、読書を最優先にしてきたのだ。

本の書評を書くために「戦う読書」に変化させてきたのも、タイムリッチという思考のなせる技だろう。

ムダに時間を垂れ流して楽しむなんてことはまったくないし(笑)

だから、ブログに書く記事すべてが、わたしにとっては、授業のノートを取っているようなものかもしれない。

そのノートのようなブログが小さく収益を上げてくれる。

だからこそ、日々の生活を楽しみ、心身を最高の状態に維持できるように努力している。

ブログを書くのは、知的産業の一つだから、心身をベストコンディションに保つことで健康も手に入れてきた。

まったく一石三鳥ぐらいじゃん(笑)

学びと並行して、睡眠、運動、食事にも「時間」を投資する。

そのためにも「豊富な時間」が必要だ。

「仕事=遊び=生活=学び」これらを融合させる生き方

これが、わたしのブログの骨子だ。

いきなり、仕事と遊びの区別なく・・・とか移行しにくい!とか言われそうだが「こうしたい!」「こうなりたい!」というビジョンを描いて行動に移せば、誰にでも実現可能なタイムリッチ。

昨今、コロナ感染の世界的流行によって、20世紀には適わなかった自由な働き方や、自由な生き方ができるし選べる。

まだまだ、自由に生きていない!と感じるのなら、まず「時間の確保」をしよう。

本気で向き合う価値のある「時間」との戦いをしようじゃないか!

さて、今日もはじまったよ(笑)

“少しのお金と豊富な時間を持ち、やりがいのある仕事を得た人生は果たしてリッチか?【仕事・質を高める】” への2件の返信

  1. 「はや2年 災い過ぎぬ 夏至夜風」 清流子
    時間は命そのもの、その生命観に立ったところから始める。すなわちタイムリッチとは人リッチであり思い出中心の考え方。ひとりでは出来ないこともチームでは可能。そういう生き方でこそ時間的拘束を超えらえると思う。

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