『103歳になってわかったこと ~人生は一人でも面白い』篠田桃紅・著(幻冬舎)【選書・文化】 

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103歳になってわかったこと~人生は一人でも面白い』篠田桃紅・著(幻冬舎)

• 簡単レビュー

現代美術家・篠田桃紅(故)とは。(2021年3月4日で107歳の天寿を全うされた。)

「いつ死んでもいい」なんて噓。

生きているかぎり人間は未完成だとおっしゃる。

大英博物館やメトロポリタン美術館に作品が収蔵され、一〇〇歳を超えても第一線で活躍を続けた現代美術家・篠田桃紅。

(2022年は、東京オペラシティでの展覧会が開催中)

「百歳はこの世の治外法権」「どうしたら死は怖くなくなるのか」など、人生を独特の視点で解く。

生きるのが楽になるヒントが詰まったこれぞ珠玉のエッセイ集だ。

                   ★

文中のお話に「これは!大事な視点」だと思ったところを引用する。

~「真実は皮膜の間にある」という近松門左衛門の言葉のように、真実は求めているところにはありません。

しかし、どこかにあります。

雑談や衝動買いなど、無駄なことを無駄だと思わないほうがいいと思っています。

無駄にこそ、次のなにかが兆(きざ)しています。

用を足しているときは、目的を遂行することに気をとられていますから、兆しには気がつかないものです。

無駄はとても大事です。

無駄が多くならなければ、だめです。

お金にしても、要るものだけを買っているのでは、お金は生きてきません。

安いから買っておこうというのとも違います。

無駄遣いというのは、値段が高い安いということではなく、なんとなく買ってしまう行為です。

なんでこんなものを買ってしまったのだろうと、ふと、あとで思ってしまうことです。

しかし、無駄はあとで生きてくることがあります。

私は、3万円だと思って買ったバッグが30万円だったことがありました。

ゼロを一つ見落としていたのです。

レジで値段を告げられて驚きましたが、いい買い物をしたと思っています。

何十年来とそのバッグを使っています。

そして、買ってしばらくしてから、そのバッグの会社オーナーが私の作品を居間に飾っていることを雑誌で知って、あらお互いさまね、と思いました。

時間でもお金でも、用だけをきっちり済ませる人生は、1+1=2の人生です。

無駄のある人生は、1+1を10にも20にもすることができます。

私の日々も、無駄の中にうずもれているようなものです。

毎日、毎日、紙を無駄にして描いています。

時間も無駄にしています。

しかし、それは無駄だったのではないかもしれません。

最初から完成形の絵なんて描けませんから、どの時間が無駄で、どの時間が無駄ではなかったのか、分けることはできません。

なにも意識せず無為にしていた時間が、生きているのかもしれません。

つまらないものを買ってしまった。

ああ無駄遣いをしてしまった。

そういうときは、私は後悔しないようにしています。

無駄はよくなる必然だと思っています~『103歳になってわかったこと』からの引用。

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さて、わたしは今月また1つ歳を取る。

篠田桃紅さんからみれば、まだまだはなたれ小僧でしかないが、世間では「人生一区切り」などと言われ、引退や定年などを考えて、実行に移す人も多いお年頃だ。

無理はたくさん積み重ねてきたけど、無駄はしないように生きてきた。

無駄を推奨する桃紅さんとは真逆の生き方(笑)

こういっちゃあなんだけど、人の生き様って「ムダとムリ」から生まれるものかもね。

浪費なんて大嫌い!といいつつ、好きなお酒を飲むことやダラダラと文章を書き綴る時間、これら「浪費と言う名の矛盾」がわたしを彩るのだから。

桃紅さんのおっしゃることはきっと、こうだろう。

「人生に無駄なことなんか何ひとつないんだから」

「ま、せいぜいお楽しみなさいよ!」

はなたれ小僧の解釈だわん(笑)